セリーリャス

 村を一歩出ただけでそこは荒野に通じている所為か目の前は荒れ地だけが広がった。まるで線でも引いたかのように違う地質。空気、そして陽射し。
 それほどそこは荒野だけで何もなかった。そう「シン・グスト(何もない場所)」の呼び名通りだった。
 セリーリャスは追いかけてきたエラードなど気にもとめず歩き続け一つの岩の側に来た。大きな岩は馬の背丈三等分ぐらいはあるだろう。そしてその下に穴が開いていた。獣の口のように日本だけ岩が牙のようにぶら下がっていて、一歩入っただけで光がない闇があるように見えた。
「セリーリャス、まさかあそこに行くのか?」
「ええ、呼んでいるから。」
「危険だ。カシスを呼んでくる。」
「大丈夫。危険ではないわ。」
 セリーリャスはエラードの制止を聞かずに中に行く。
 中は以上にひんやりとして暗かったが、妙だがすぐに目が慣れた。水があるのかその中の苔は少々濡れていて、足場が悪かった。
 その苔と少しの坂でセリーリャスは体勢を崩す。それを後ろから支えてくれたのはエラードだった。
「無茶な人だ。」
 そう言いながらしっかりと手をつなぎ、先を歩いていこうとした。
「あなたも、無茶な方ですね。カシスさんに怒られるわ。」
「あなたを一人で行かせた方が怒られますよ。で、こちらでいいのですね?」
「ええ、こっちのようです。」
 根拠はない。いくつもの分かれ道を迷わずに進む。道は細く狭くても屈めば通れるし、行き止まることはなかった。
「水。」
 水脈を発見した。しかしそこは歩いてどのくらいの場所だろうか? 今どの辺の地底なのかすでに解らない。北に向いているのか、南か、その方向すら解らない。
「水を引くことは困難なようですね。」
 水脈通りに進み、それと別れる二股で初めてセリーリャスが腰を下ろした。ここに来てどのくらいの時間が経っているのだろう。すでに足はぱんぱんになっていた。
 エラードは水脈から水を汲んできた。
「綺麗で美味しい水ですよ。」
「ごめんなさい。」
「大したことはない。水ぐらいとってこられますよ。」
 そうではない。と言おうとし田が、エラードは笑顔で頷いた。
「あなたは先程言いましたね、もう追いかけないと。でも、こんどは私が追いかけている。ご迷惑でしょうか?」
 セリーリャスの胸が苦しい。そして震えも止まらない。言っている意味が解らないが、何となく把握してはいる。ただ、それを素直に受け取っていいのだろうかと考える。それは、今現在のことか? それとも、自分を好きでいると言うことか。
「よく、解りません。」
 セリーリャスは俯いた。
「そうですね、私も解りません。貴方が解放してくれた夜、私はカシスに言われたんです。もう一度あなたに追いかけ回されたらどうする? と。あの時のあなたはごめんだ。正直、一番あなたを疑っているのは私かも知れない。とその時思いました。あなたのさっきに似た狂気を思い出すだけでいまでも気分が悪い。でも、あなたは変わった。ヒラソルが言ったようにまるで別人だ。以前のあなたはごめんだが、今のあなたは、」
 静寂が一気に耳を覆い、激しく鼓膜を揺さぶって痛い。動悸が激しく、エラードの呼吸に自分の呼吸を合わせて目立たなくしようとしている。
「セリ。」
 声が聞こえた。それははっきりとエラードにも聞こえた。セリーリャスとエラードは立ち上がり辺りを見渡す。それは更に奥の方から再び聞こえ、そして呼び続けている。
 年輩の女性の声だ。少し泣き崩れたような声で、嗚咽が時々聞こえる。


 行き止まりだった。大きな部屋のようなそこに入って壁を見渡す。しかし何もない。
「セリ。」
 その声が再度聞こえたとき、壁に色が浮き出てきた。それは今まで見たことのない鮮やかだったり、無機質だったりする色だ。
「信号。交差点。うちの車……。あ……。」
 セリーリャスは口を覆った。見たことのある風景だった。学校に通う嫌な道。マンション前の信号。よく自動車事故がある。それに巻き込まれないかなぁ。と希望したことのある道。大きな桜のある家。学校。日曜日で誰も居ない。マンション六階、セリーリャスの家だ。でも誰も居ない。場面がまるで絵本のように変わると、誰かの葬儀をしていた。
「エシャロット。」
 そこには黒髪のエシャロットが居る。涙を堪えているが目は潤んでいて、顔は赤く、少しやつれているように見える。
「瀬莉。」
 エラードに似ていた。でも黒髪で、黒い目をしていた。彼もまた泣いている。
「浦賀君……。」
 彼は焼香を済ますと、唇を噛みしめその遺影を見上げた。
「私……。」
 エラードの無言の視線がその絵とセリーリャスを交互に見ている。
 夜空だ。否、夜景だ。彼女が好きな場所の夜景。とあるビルの屋上。点滅するネオン。これを夢に見ていたんだ。そして、年越しの鐘の音。
「私、セリーリャスじゃない。私、私。……、私はあっちの世界にいた藤代 瀬莉。虐められて、予知の力があって、その所為で虐められて、苦しくって、逃げ出したくて、でも、どこかで生き続けたい。やり直したい。そんな勝手なこと思って、私、あのビルから飛び降りたんだ。できるなら生まれ変わって、やり直したいって。私、この世界のものじゃないんだ。私。」
 エラードは壁にすがって泣き崩れるセリーリャスを抱き締めた。
「ごめんな、俺、お前のこと守れなくて。」
 浦賀の声が聞こえ、絵は壁に戻った。
「私は、この世界のものじゃないの。私はセリーリャスじゃなく、別人だった。私、どうすれば……。」
「誰にも言う必要がない。お前はお前だ。何も変わらない、お前を待っている。さ。帰ろう。みんなのところへ。」
「エラード……。」
 エラードはしっかりと抱き締めるように支えてくれた。行きがけあれほど苦労して通ってきたはずの道はあっという間に姿を消していた。すぐにあの赤光の陽射しを浴びた二人に、岩が動く鈍く豪快な地響きが聞こえた。
 振り返ると岩の穴は塞がれそこに穴があった形跡すら解らない。
「エラード、私。」
「セリ。帰ろう。みんなが呼んでいる。」
 エラードの手は暖かかった。
 セリーリャスの肩にふわっと風を感じる。見上げればエシャロットが居る気がする。
「お姉ちゃん。」
 だから、彼女を見て安心感が得られたのだろう。
 なぜ異世界の藤代 瀬莉がこの世界に紛れ、同じ姿のセリーリャスという女性に変わって生きているのか解らない。しかし、事実瀬莉はセリーリャスとしていき、これからも生き続ける。
 その後、数十年の時を経ても、魔族の門が見つかり、魔族が滅んだという話は聞かないが、退魔世紀始まって以来兵士の死者数が少ないというのは歴史に残る名誉である。
Fin

Juvenile Stakes

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