6 「雨のハロウィン」

 レディー・アンはバスケットコートに立っていた。
「レディー・アンの足は速いね。」
 そう言ってアトスが膝に手を付き前屈して汗を落とした。
「そう?」
 レディー・アンはそう言ってボールを二度ついた。
「ギルと同じくらいだね。まったく君たちって似てるよね。優秀だし、」
「ギルと一緒ですって?」
 レディー・アンはそう言って手を腰にあてがう。
「どういう事かしら? ギルと同じって。私はギルよりも頭がいいわ。」
 アトスは苦笑いをする。確か昨日のことだった。ギーゼルベルトと逢ったアトスは、同じ事をギーゼルベルトに言い、ギーゼルベルトも同じ事を言った。
「俺の方が頭がいい。」
 やはり似ている。とここで言うと、怒りを煽るだけなので、アトスは笑うだけだった。
「レディー・アンは運動神経もいい、歌も上手い。将来はどうするの?」
「将来? さぁ、考えたこともないわ。アトスは?」
「ボクはね、この歌で世界を癒して回りたいんだ。今ぎすぎすしてるだろ。そう言うのを歌で癒して回りたいんだ。歌には人を攻撃したり、不快にすることは、まぁまれにあるけど、無いに等しいからね。誰かを幸せにしたり、癒したり。そう言う歌を歌っていきたいからね。そしてそれをみんなに聞いてもらいたいんだ。レディー・アンの声はまさにそれに向いていると思うよ。そう言うこと、考えたこと無い?」
「そう、ねぇ。考えるとすれば、風間さんが入学式の時に言った、有名になればお父さんに会える。と言う言葉ぐらいかな。だから、有名にはなりたいわ。でも、私がなれると思う? 難しい問題だわ。」
「そうだね、今の世の中では難しいかも知れないね。何せ、世界は戦争へと歩んでいるようだから。」
「ええ、イツァだけではなくタリア人の迫害も増えてきているわ。それどころか、隣の人でさえ信じられなくなってきて居るもの。」
「ボクはそう言う世の中を歌で変えたいんだ。」
「きっと出来るわ。アトスの声って素敵だもの。」
「ありがとう。レディー・アンに言われたら、きっと成功しそうだ。」
 アトスは微笑んでその髪を掻き上げた。少し背が伸びたようで、最初に逢った頃の少年という感じよりも、少し大人に感じる。
 レディー・アンは芝生の上に座り空を仰いだ。
 アトスに言われるまでまったく考えていなかった未来。
「そうよね、どうすればお父さんに会えるかしら? 有名になると言っても、これほど世界がぎすぎすしてたら、届かない国だって出てくるわね。」
 レディー・アンは立ち上がり、部屋に戻ると手紙を書き始めた。
火曜日のあしながおじさん
今の世の中で有名になる事って難しいですよね?
私にはやっと夢が出来たみたい。
やはりお父さんに会いたいの。
そうするには有名にならなければならないと思うの。
お父さんがどこにいるのか解らないわ。世界の裏かも知れない。そこまで私が元気だと、逢いたいと言うことを教えるには、やはり有名にならなければならないと思うの。
どうすればいいのかしら?
私の声はまだお金を出してくれる人は居ないわ。それはタリア人だから。そう言っていた人が居たわ。
でも、イツァ人のギーゼルベルトはちゃんとスポンサーが居る。彼の腕は私の声よりもやはり上手なの。悔しいけれど、彼には勝てないわ。
彼に勝ちたいわけじゃないけど、彼のほんの少し側に居たいわ。
そうすればきっと有名になれると思うの。
あしながおじさん。どうすればいいのかしら?
 手紙の返事は来なかった。
 レディー・アンは、それを心配したが出来るのは手紙を送り続けることしかなかった。
「レディー・アン?」
 レディー・アンが事務所からいつものように火曜日のおじさまからの手紙を受け取ったところを、レイチェルに呼び止められた。彼女の手には布が抱かれており、その後ろでは、キャリーがこれまた布を抱いていた。
「何してるの?」
「ハロウィンの衣装を作るの。あなたもどう?」
「ハロウィン? そうか、もうそんな頃なのね。」
「そうよ、あたしたちお裁縫苦手でしょ、だから、みんなよりも早くから作ろうって事になったの。レディー・アンも苦手でしょ、お裁縫。一緒にどう?」
「嬉しい! でも苦手苦手って大声で言わないで。本当のことでも。」
 三人は笑いながらレディー・アンの部屋に入った。
 レイチェルは赤ずきんちゃんをモチーフにしたドレスを、キャリーは妖精になると言って水色のドレスを、レディー・アンは魔女の衣装をそれぞれスケッチブックに書き始めた。
「素敵! これが本当に出来上がれば。」
 レディー・アンがレイチェルの絵を見てそう言うと、レイチェルは頬を膨らませながらでも、三人は笑い合い、楽しみながら、それから三週間作り続けた。
 周りがようやくハロウィンのしたくを始めた頃、三人の衣装はようやく形が解るようになってきた。赤い頭巾の付いたドレスと、水色の大きなリボンのあるドレス。それに濃紺の魔女の頭巾と、白いドレス。
「なかなか出来上がるものね。」
 三人の指には沢山の絆創膏が貼られていたが、そんな痛みよりもその衣装がどれほどよく見えるか。
 三人は笑い合って当日を楽しみに待つのであった。
 ハロウィンは恒例行事で、仮装パーティーとなっている。小さい子は先生や兄弟達と一緒に作ったり、親が送ってきたりする。先生達もどこか楽しそうで、ハロウィンを一週間後にした学校は飾り付けなどで賑やかに変わっていくのであった。
 ハロウィン当日。
 いろんな服を着た生徒が廊下や校内にあふれかえる。レイチェルとキャリーの衣装は誰よりも目を引いた。あでやかな赤と、優雅な水色それが動く度に誰の目も引いていった。
 レディー・アンは付け端をして不気味な笑い声を立てて廊下を歩いていた。それが笑いを誘い、多分、一番お菓子をもらったであろう。
 レディー・アンは外に居るギルバート先生の元に走っていく。
「先生!」
 ギルバート先生は黙って振り返る。レディー・アンは付け鼻をはずし、ギルバート先生を見上げた。
「中に入らないんですか?」
「あれだけの人のなかだと酔ってしまったからね。」
「確かに今日は凄い賑わいですものね。」
「それは、魔女?」
「ええ。くくく、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」
 ギルバート先生はくすっと笑い、ポケットから小さな包みを出した。
「はい、魔女さん。」
 レディー・アンはそれを受け取り、包みを開ける。小さな小さな、本当に小さな石の乗った指輪だった。
「でも私。」
「じゃぁ、その首にしているスカーフをいただけるかな?」
 レディー・アンは頷いてそれをはずすと、ギルバート先生に差し出した。ギルバート先生は受け取ると学校へと歩いていった。
 レディー・アンはその指輪を見た。小さな小さなその赤い石、銀色の指輪、それに彫られた[K to R]の文字。レディー・アンはギルバート先生の背中を見た。
 ギルバート先生からレディー・アンに渡すとしても、[G to A(orLady A)]であるのが妥当だろう。
「誰かしら? Kって。Rって。」
 そう言った瞬間、母の名前「カレン(karen)」を思い出した。
「ま、まさかね。」
 レディー・アンがそう言ったときだった、雷が鳴り、空が急に暗転した。
 レディー・アンは急いで校舎に走ったが、入り口は大勢の人が入ろうとしているところで入れそうもなかった。聖堂へと走り向かう。
 聖堂の扉を開け、中に入ると、ギーゼルベルトが祭壇に手を合わせていた。
「ごめんなさい。」
 ギーゼルベルトがその声に振り返る。
「雷が鳴ったから。」
 大きな雷が鳴り、校舎の方から悲鳴やら、大騒ぎしている声が聞こえる。レディー・アンも首をすくめ耳を両手で覆った。
「それは、魔女?」
「え? ええ、そう。」
 雷は徐々に近付いてきて、まるでビクトリエンス校の真上でどんどん鳴らしているように聞こえる。
 ギーゼルベルトは頭上を見上げていたが、天井があるし、何よりそれ以上空を見ても雷が見えるわけでない。
 そのうち、激しすぎる雷が、間をあけずに鳴り出すと、レディー・アンはその場で座り込んでしまった。
「珍しい雷だ。」
 そう言いながらギーゼルベルトはレディー・アンに近付いた。いつものように笑ってやろうと思ったのに、彼女は小刻みに震えていた。
「レディー・アン?」
「あたし、雷だめなの。この世の中で一番。まるで、爆撃や、銃声に聞こえるんですもの。」
「聞いたことがあるの?」
「想像よ。あまり、いい想像ではないけど。!」
 レディー・アンはスカートに顔を埋めてしまった。
 ギーゼルベルトは困ってしまった。いつもなら大声で喧嘩をしてくるレディー・アンのこんなところを見るなんて。ギーゼルベルトが近付くと、レディー・アンはそれに縋るようにしがみついた。
 雷がとぎれとぎれに変わり、その変わりに地面を叩きつける雨に変わった。
 まだレディー・アンはギーゼルベルトにすがりついていた。
「イタ!」
 ギーゼルベルトがふと床に手を付いた瞬間そう言って手に触れた異物を取り上げた。それはあの指輪だった。
「指輪? 君の?」
「ええ、ギルバート先生にもらったの。」
「先生に?」
 ギーゼルベルトに嫌な気持ちが浮かび上がった。それはぬぐい去れない嫉妬という気持ちだった。
「でも、ここに名前が書かれているわ。[K to R]誰のことだかさっぱり。ギルバート先生は間違ったのかも知れない。」
「返してきてやろうか? 君が返すのはやはり気が引けるだろ?」
「ええ、お願いするわ。」
 ギーゼルベルトの顔に影がかかっているなど、レディー・アンは気づかない。ただギーゼルベルトの手にそれを落とし、もう終わりだろうと思われる遠くの雷を聞いた後やっと、ギーゼルベルトから離れた。
「内緒にしてよ。雷が怖いだなんて。」
「ああ。」
 ギーゼルベルトとレディー・アンは校内に戻った。
 雨は激しく降り続き、せっかくのハロウィンなのにと言いながらも、校内は続きのハロウィンで盛り上がっていて、レディー・アンとギーゼルベルトが二人っきりで聖堂から来たことなど誰も気づかなかった。
「レディー・アン、なかなか素敵だね。」
 レディー・アンが振り返ると校長であるビクトリエンス卿が車椅子に乗っていた。
「ありがとうございます。校長先生。」
 レディー・アンは微笑むと、校長は他の生徒にも話しかけに行った。
火曜日のおじさま
今日のハロウィンは凄かったですね。私は雷が嫌いなので、困りました。
おじさまのハロウィンの格好のなかなか素敵でしたわ。
こんな楽しいハロウィンは始めて。いいえ、今までだって随分楽しかったけれど、でもそれ以上に楽しかったですわ。
雷さえなければもっとね。
レディー・アン。
あなたのスカーフはとてもチャーミングでした。
魔女らしいスタイルも、他のどの生徒に負けないくらい素敵でした。
軽やかで愛らしい、そんな魔女に誰の目も止まったでしょう。


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