(4)Of the sound mind to dwell in the sound body(1/6)
 馬車は針路を修正して、サプレスの都に向かった。都が近付くに従って、水の量が増えてきて、辺りが荒野から草原へと姿が変わってきた。
「綺麗。」
 そう呟いたセイラにヴァンは少し悲しそうに呟く。
「昔は、もっと綺麗だった。見渡す限り水路が走っていたが、今では、もう、これだけの姿になってしまった。」
 セイラはヴァンを見上げる。パトックも同様なのか、少し俯き加減で馬を走らせている。
「パト!」
 前方でパトックを呼ぶ声がする。三人が顔を上げると、少女のような娘が立っていた。女性にしては若く、少女にしてはいい年の頃合いだ。
「止めるんだ。」
 止めそうもないパトックにヴァンが微笑みながら命令をする。セイラがパトックの顔を伺うと、少々日に焼けていて、解りにくいが、パトックの顔は真っ赤だった。
「あ、ヴァン様。」
 彼女は呼び止めたことを誤ったと恐縮して項垂れた。
「レイラ、パトは、私たちを城に送ったら解放してあげますから、待っていてくださいな。」
「そ、そんなぁ。」
 レイラは真っ赤になって両手で顔を隠した。

「行きますよ。」
 パトックは馬に鞭を入れる。ヴァンが笑いを殺すのをセイラも微笑んで聞く。
「パトックの奥さん?」
「将来はそうなるだろうね?」
 ヴァンがパトックに聞き返すが、顔と言わず、頭と言わず、耳まで赤くしたパトックからの返事はなかった。
 水の都は至る所に水路が走り、それを渡る度に橋を渡る。その小さな段差が結構荷台を揺らす。セイラはその揺れの度にヴァンに倒れかかる。
 城は目も覚めるような紺碧の外壁で、広くそびえ立っていた。一体、何人がここで生活しているのだろうか。そんな疑問さえ浮かぶほどの大きな城の前に馬車が止まる。
 あまりの粗末な馬車の停車に門兵がやってきた。
「どこに止めてるんだ!」
 兵隊がパトックの方に近付いて挙手をした。
「し、失礼しました!」
「これを片付けてくれ。」
 兵隊は挙手をして頷くと、荷台から出てきたヴァンにさらに挙手と姿勢を正す。
 城の兵隊全てがパトックよりもヴァンに挙手をする。確かに、パトックはヴァンを主だと言っていたから、その待遇は解るが、あまりにも次元の違いを感じる。

「ヴァン様ぁ。」
 後ろから声が近付いてくる。セイラが立ち止まって振り返るが、ヴァンは立ち止まる気配を示さない。
 走ってきたのは、先程のレイラとはまた趣の違う少女だ。多分、セイラと同じ年だろう。彼女はセイラを見向きをしないで、ヴァンの方に走り寄る。そして、ヴァンの前に回り込むと、膝を折って礼をする。
 ヴァンは前を阻まれ立ち止まったが、パトックに「今日はもういいよ、帰っておあげ。さて、セヴィ、そこをどいて欲しいんだが。」とその横を素通りする。
 セヴィは口をとがらせてヴァンの腕に捕まろうとする。それを見透かしたようにヴァンは身をかわし振り返る。
「セラ、こっちだ。」
 セイラはヴァンに頷き、セヴィの横を通る。
「どなた?」
 ヴァンに訊こうとするセヴィに、パトックが止める。
「じゃぁ、ヴァン様が特別、あの子と一緒に行かなくてもいいのね。」
 セヴィがそう言うとパトックは眉をひそめて唸る。先程から何度も、セイラとヴァンの旅は必要性があり、ヴァンはセイラの護衛だと説明しているのに「護衛なら、あなたが居るわ。別に、ヴァン様が一緒しなくてもいいのよ。」と言い終わる。

 パトックの説得は、ここまでの効力しかなかったのだ。
 水の部屋に直接通された。謁見場はそれぞれある。しかし、ここにそのまま通される、この部屋に入れるのは、サプレスの身近な者しか居ないのだ。
 部屋は夏の熱さを忘れるほど涼しくて、水の音がしていた。
 下り下りる水の柱に、遡る水柱。や壁。そのどれもが不思議な物で、セイラはそれ一つ一つに興味を示しながら、ヴァンの後を追って、サプレスの前に進み出た。
「サプレス様。」
 ヴァンが傅くと、サプレスは頷き、セイラの方を見た。
 男だと見えないほど美しい人だった。真っ青な長い髪が水にように揺れ流れ、澄んだ水のような青い目がセイラをとらえた。
「セイラです。お初にお目にかかります。」
「カルヴィナがよく手放しましたね。」
 サプレスはそう言って微笑んだ。セイラは少し俯き「にい様とは、お別れを言ってませんから。」と言った。
「なるほど、それで、ここにある武器を、あなたは解りますか? 」
 セイラは少しだけ黙って頷く。
「何故躊躇して居るんですか?」
 セイラは顔を上げた。

「ヴァンはまだ未熟だから解らないでしょうが、水の力を持っている者は、その物体に水が入っているのなら、その物体の心情や、状態が解るようになって居るんですよ。あなたが海に落ちたときも、あなたが誰に助けを呼んだのかも、私は知っています。もし、ヴァンに私の力の少しでもあれば、あなたの思っていることは言わなくても解るはずでしょうが、なにぶんと、この男は、鈍感に出来ていましてね。」
 サプレスは笑いながらセイラを見た。セイラはそこまで解っているのならと口を開いた。
「竜剣士をお貸しください。竜の牙から出来た、死者の魂を宿した剣を持つ竜剣士です。」
 サプレスは笑いながらヴァンを見た。
「彼がそうですよ。」
 セイラはヴァンを見た。ヴァン自身驚いている。自分が竜剣士だとは誰も知らない。剣士になったが故に、水から嫌われているのだ。
 水は剣士を嫌う。しかし、水を守る竜剣士は存在しなくてはいけない。ヴァンは生まれ持って竜剣士だった。雷鳴轟く中で生まれ、産声とともに雷神が空を駆けた。だから、ヴァンは竜騎士なのだ。しかし、それはサプレスだけしか知らない昔話にされている事柄だった。
「ヴァン、サプレスとしての命令です。マイスターとともに旅を続けない際。この先、何度と無く襲ってくる困難を、お前は、お前自身の力で切り抜いて生きなさい。私が助言できるのはそれだけです。」

「サプレス。」
「湿っぽい顔をするな、水まで悲しんでいる。」
 サプレスが柱の一本を指さす。セイラが振り返ると、それは部屋に入ってきてずっと気になっていた柱だ。まるでヴァンの姿を見て喜ぶような印象を受けた柱。
「あれは、母の魂が宿った柱です。」
 サプレスは柱に近付く。
「絶対、帰ってきますから。」
 セイラの言葉にサプレスは少し間を置いて、優しい微笑みを浮かべて振り返った。
「少し休んでから行くといい、明日、明後日と雨が降る。」
 セイラは頷くと、部屋を出た。とてもそのまま部屋に入られなかった。
 心を見透かされているのだ、きっと帰ってくるなどと言う未確定な未来を押しつけれなかった。
 廊下を歩いていくと、パトックがため息をつきながらサヴィと待っていた。
「あら? ヴァン様は?」
「まだ、お話を。あれ? パトックは帰らなかったの? 待ってらっしゃるんじゃなぁい?」
「否、そんな気遣いは。」
「ねぇ、私を街に出してください。」

「しかし。」
 セイラはパトックの腕を掴んで歩き出す。パトックはその手に引かれるまま城を出た。
 街の雑踏は幾分か華やかだった。中央都はどちらかと言うと、貴族を意識してはひそひそと賑わっていたかのように、ここは明るい声がする。
 だが、その声も、町並みも、セイラの心を晴らす材料にはならなかった。
 水路の小橋の上に立って、セイラは水を見下ろした。
「どうかしましたか?」
 セイラは振り返って首を振る。
「私が、今ここで足を浸したなら、この街の人はみんな私の心を読めるのかしら?」
「それは、サプレス様だけです。」
 セイラは首をすくめ、通りの方を見た。
「あら、レイラさん。」
 セイラがレイラを見つけると、パトックはそれを見ないように背中を向ける。
 レイラは様子を伺いながら近付いてきた。
「帰りそうもなかったから、お連れしましたわ。」
 セイラがそう言って微笑むと、レイラは真っ赤になってパトックを見上げた。
「今日はもう帰っていいっておっしゃってたじゃありませんか。夕飯のお買い物をして、お帰りになったら?」

「セイラ様は?」
「私? 私は……。」
 パトックが正面を見て頭を下げる。ヴァンが軽服に着替えて立っていた。セイラは振り返り「大丈夫よ。」と告げた。
 パトックもヴァンの頷きにレイラの側へ行ってから、二人して歩き去った。しかし、役職第一のパトックがそうそう帰ったとは思えない。建物の影に立っているのは隠れていても何となく解る。
「どこを案内しようか?」
「案内なんて。そう、見渡せるようなところがいいですね。」
「じゃぁ、こっちだ。」
 ヴァンはセイラの手を引き、人混みをするすると通り過ぎる。どこを歩いてたどり着いたのか、見晴らしのいい丘の上に居た。
「凄い。街が一望できる! でも……。」
 一歩足を踏み出せば闇がそこまで迫っているのも見える。これほどまでにはっきりと闇を見たのは初めてだった。闇は空も覆っている。底がないのか、それとも、底がどこかにつながっているのか、全く予想できないほどの、黒い壁がすぐそこに見える。
「昔は、見渡す限りが水の都だった。サプレスの力を持ってしても、今の現状を維持するだけで精一杯なんだ。」

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