天気は晴れ。風はそよ風。人は疎ら。海水浴にはこの上ない条件だが……。 「男が居ねぇじゃんか!」 小坂 樹里(こさか じゅり)が叫ぶ。それに同調するように、本居 真優(もとい まゆ)も頷き、日焼けよけのために、長袖のシャツ、大きめの麦藁帽、サングラスを掛けた雨宮 怜奈(あめみや れいな)の方を見る。 「なんだかねぇ、その格好は。」 「日焼けしたくないのよ。」 真優の言葉に、怜奈は嫌そうに太陽を仰ぐ。 「そりゃ、お二人さんは今流行の黒肌になれるでしょうけど、私の場合は、ただ赤くなって、明日には引いちゃうの。しかも熱持って、寝れないんだから。それに、海に来たいと行って、連れてきたのはあんたたちなんだからね。私は泳がない。」 樹里と真優が顔を見合わせて首をすくめる。大胆なハイカットのワンピース。にしては布がない、目の覚めるようなオレンジは真優と、真っ赤なビキニ、でも、下なんか、それはただのハンカチじゃない? と言いたくなるような布切れの水着を着た二人に、怜奈は迷惑そうな視線を向ける。そして手をひらひらとさせて、二人を波打ち際に追いやると、ため息をつく。 確かに、平日で、まだ昼の盛りだから、人のでは少ないだろう。にしても、今日は少ないなぁ。 ひとしきり遊んだらしい二人が帰ってきたのは、それから一時間ほど経ってからだった。パラソルの下で本を読んでいたので、二人がどうしていたかなど気にもとめなかったが、帰ってきた二人を見れば一目瞭然、 「誰?」 怜奈の言葉に二人ははにかみ 「知り合ったのよぅ。こっちが、日下部 保(くさかべ たもつ)クン。」 「で、こっちが、緑川 亮太(みどりかわ りょうた)クン。一緒にお昼しようってことになったんだけど、レナもしない?」 怜奈は眉を上げてサングラスをはずす。 「ほぅ、で、私はのけ者なわけね。」 怜奈の言葉に樹里と真優が顔を見合わせる。 保と亮太もお互いに顔を見合わせる。保は長身でやせ形、色が綺麗に黒くて、悪趣味だと思う赤いボクサータイプの水着が嫌味でない。 亮太は、保よりも背は低いがそれなりの長身で、色はかなり黒い。何でも趣味がファーフィンだとかで、それようの変な黒い水着を着ている。 「いや、そう言うわけじゃぁねぇ、」 と言う樹里に、怜奈は笑って「冗談よ、四人で行って来て。今、いいとこなんだ。」と本を持ち上げる。 「レナが本読むと止まらないからね、向こう行こうかぁ。」 樹里が言い出すと、真優も頷き、四人は向こうへと行った。 「冗談じゃない、朝早く起きて作ってきた弁当はどうするんだよ。人に作らせて置いて!」 怜奈は小声で怒りながら、バスケットの中に入れていた弁当を取り出す。 「ったく、男、男と。ん?」 怜奈が弁当箱を置いた側から、それが何故だか消えていく。怜奈がその弁当箱の行方を見上げると、一人の見知らぬ青年がいた。 「な、何してんのよ!」 「飯を食べてます。」 「食べてますじゃない。」 怜奈は彼から弁当箱を取り上げる。 「どうせ、一人で食べるんでしょ、これだけ。」 「そ、そうよ。」 「で、食べきらなければ捨てる。」 「まぁ。」 「じゃぁ、どうせ捨てるなら、身にした方がいいじゃないですか。で、くださいね。」 「だから、何であんたに!」 「近くにいるから。」 彼は呆れ返った怜奈から弁当箱を取り上げ、食べる。 「信じらんない! 返して。」 「うまい、これ。」 「ったりまえでしょ、私が作ったんだから。」 「俺、飯のうまい人好き。」 怜奈は何も言えなくなり、彼の食べっぷりを見た。 「まずぅ。あんなもの食うんじゃなかったよなぁ。」 そう言いながら、保と亮太が先に、その後で真優と樹里がやってきた。 「あ、レナ、弁当作ってきてたんだぁ。損したぁ、」 樹里がそう言って彼を見つける。 「誰?」 真優が小声で怜奈に聞くが、怜奈は首を傾げるだけだ。 「あんた達の知り合いじゃないの?」 亮太も保も首を振る。 「あんた誰よ。」 樹里が彼に聞くと、彼は樹里の格好を見て首を傾げた後で、「若林 基紀(わかばやし もとき)。」と名乗った。 「で、何で、あんたがレナの弁当食べてんのよ。」 「捨てるなら、もったいないでしょ。捨てたと思ってください。」 基紀はそう言って弁当箱一つを開けた。 「うまかったぁ。」 「うまかったはいいけど、それ、三人分のお弁当を食べて、お腹壊すわよ。」 「多分そのうちに。でも、今は大丈夫です。」 基紀はそう笑って立ち上がり 「まだ居る? 居るよね。俺、仕事が終わったらまた来るから。待ってて。」 と、「どう見てもレナに言ったね。」と樹里が言うと、怜奈はため息をこぼす。 相変わらず、樹里と真優は海辺で保と亮太と遊んでいる。本を読み終え、その姿を見るが、参加するほど楽しそうにない。 「何が楽しくて、ビーチバレーなんぞしてんだか。」 怜奈は立ち上がると、砂浜を歩き出した。千本松公園というのだから、やはり綺麗な松が植えてある公園が隣接していて、怜奈は日陰を歩いて、上着を脱いだ。 キャミソールワンピース姿で歩くと、風が通りすぎてなかなか気持ちがいい。これなら海に来てもいいなと思う。 「あ、レナちゃん。」 と呼び止められたが、怜奈にその自覚はない。肩に触れられて初めて知るのだ。 振り返ると基紀が立っていた。 「そりゃ、さっきはいきなり逢って飯食べたけど、無視すること無いじゃないか。」 「無視?」 「レナちゃんって、ちゃんとちゃん付けしたでしょ。」 「ああ、私はレイナ。レナはあだ名。しかもあの二人だけがそう呼ぶから、知らずに、他の人の声じゃぁ振り向かなくなってるの。でも、よく解ったわね、私、凄い格好してたのに。」 「俺、怜奈のこと好きだから。」 基紀が顔を近づけてきて、微笑む。怜奈は後退りして基紀を見上げる。 「し、仕事は?」 「ああ、もう終わる。その梯子を片付けたらね。」 怜奈が振り返ると梯子が松の木に立てかけてあった。 「植木屋さん?」 「否、家の手伝い。」 「じゃぁ、海の家?」 「否。」 「何よ、じゃぁ。」 「さぁ、何だろうか。開発担当? 違うな、創造部かな? とも違う気がするけど、まぁ、そんなもの。」 基紀はその大きな体に、保や亮太のように細くなく、肉太で、筋肉の隆起が凄い。しかも、そのおかげで背すら高く見える。 「変なの。」 怜奈の仕事は? まだ学生?」 「料理研究家。」 「ほぅ。だから旨いんだ。でも、いくつ? あ、ごめん。俺は、二十三。上? 下?」 「同じ。」 「奇遇。」 「にしては、全然共通点がないけどね。」 怜奈の言葉に、基紀は梯子をトラックに荷揚げながら笑う。 「確かに。で、友達は?」 「ナンパしてきた彼らと一緒よ。」 「怜奈には相手は?」 「居ないわよ。」 「じゃぁ、ちょうどいい。」 「何が?」 「俺が居る。」 「あっそ。」 怜奈は呆れて手を振り、戻っていく。 「あ、そうだ、今日花火大会があるんだけど、終わったら、近くの駅まで送るから、俺の家に来ないか?」 「何で?」 「言ったろ、好きだって。」 怜奈は身動ぎせず基紀を見た。 「じゃぁ、一時間後に、ここで。」 「ちょっと!」 基紀が乗り込んだ軽トラは、公園を出ていった。 怜奈は浜辺に戻り、樹里達に花火のことを告げる。 「いいじゃん、居ようぅ。でも私たちはあの人(基紀)の家には行かないわよ。」 「何で?」 「だって、軽トラでしょ?」 「まぁ。」 「保の車は、オープンカーなの。」 「亮クンの車は○ーRなの。」 「だから?」 樹里と真優が怜奈の腕を引っ張り、亮太と保に背を向け小声で話す。 「私たちは、ゲットしてるの。みすみすそんな田舎野郎と一緒に居たくないわよ。」 「そうよ、レナだけで行きなさいよ。ま、どうせ軽トラなら、みんなでは乗れないけどね。」 真優と樹里の言葉に怜奈は少々むっとしながら、約束の時間に千本松公園近くの駐車場に五人で立っていた。 確かに、亮太や保の車は見るからに格好が良かった。 あの基紀のことだ、軽トラで来るだろう。そうため息をついた五人の耳に、高級自動車の姿と爆音が聞こえてきた。 五人が乗車の姿を見る。運転席から出てきたのは中年の男で、すぐさま後部座席の戸を開ける。 洗いざらした髪に、白のYシャツ姿で基紀が出てきた。 「ごめん、遅くなった。あ、東雲(しののめ)、彼女の荷物をトランクに。で、みんなはどうするって?」 「各車に乗り込むって。」 「レナ!」 怜奈は荷物に手を伸ばす東雲に荷物を預けると、樹里と真優を見た。 「これで変更したら、あんた達の株、下がるわよ。」 怜奈が小声でそう言うと、樹里も真優も黙って保や亮太を見た。 「近くのレストランを予約したんだ。みんなの分も、後からついてきてくれたらいい。」 基紀は怜奈の背中に手を宛い、車に乗せる。 車達はレストランにたどり着いた。 「すっごい、ここって、予約してもなかなか席がない店じゃない。」 「そうなの?」 樹里の言葉に怜奈は大欠伸をする。 「ねぇ、誰って言ったけ?」 「若林。」 「そうそう、若林さぁんちって、お金持ちなんですね。」 「適度にね。」 基紀は素っ気なく返すと、怜奈の背に手を添えて店の中にはいる。 「どうよ。」 樹里と真優は互いに顔を見合わせる。 それぞれ二人ずつで座ると、用意された食事が出てきた。 怜奈は一口食べると「ロケーション受けね。」と呟く。そう言ってすぐに基紀の方に顔を上げる。 「俺も、そう思う。」 と言った瞬間、花火が上がった。店内は蝋燭でライトアップされ、花火の効果で色鮮やかに店内が変わる。 「いきなりだと嫌われるそうだから、」 「え?」 「家に行こうって誘ったでしょ? 家に帰っていったら、どやされたよ。」 「誰に?」 「両親と姉たちに。」 「両親、と姉、たち?」 「姉が三人居るんで。」 怜奈が軽く笑う。 「大丈夫、三人とも嫁いでますから。」 「何が大丈夫なのよ。」 「結婚しても、煩い小姑は居ません。」 「誰が結婚するって?」 「俺と、怜奈。」 怜奈は呆れ返って返す言葉もない。ふと別のテーブルを見ると、基紀の金持ちを気にしていた二人だったが、結構それぞれにいいムードになっているようだ。樹里と亮太などは、身体を寄せ合って花火を見ている。そうしないと柱が邪魔で見えないと言うこともあるが。真優と保は花火よりも手を握り逢って熱く話をしている。どうしたら、今日逢ってそんな雰囲気になると言うのだ。 「もう、食べない?」 「え? あ、そうね。なんか、お腹いっぱい。」 「じゃぁ、出よう。」 「みんなに、」 「言付けを頼めばいい、今言いに行くと邪魔になるだけだから。」 基紀に押し切られて、食事も半ばで店を出る。 外では東雲が車にもたれて缶コーヒーを飲んでいた。 「いまいちだな。」 「でしょうね、」 「仕事を切り上げるために選んだのか?」 「そんなところです。」 東雲の返しに怜奈が笑う。 「東雲さんと、若林って、兄弟みたいね。」 怜奈の言葉に基紀はふくれ、「こんな弟要りませんよ。」と東雲は返す。 「別荘でいいんですね。」 「ああ。」 「ちょっと、」 怜奈が止めるが、車に乗り込み、海岸沿いの山道を上がる。大きな別荘にたどり着き、玄関で二人が降りると「では、明日の一時にお迎えに参りますから。」と東雲は車で闇の中に消えた。 車の明かりが無くなると、花火の時々光る明かりだけで、後は闇に包まれたそこに怜奈は身震いを起こす。 「さぁ、どうぞ。」 基紀が玄関を開ける。新築らしく、ペンキの匂いと、木造の匂いがする。 明かりをつけられると、そこは真っ白な壁と、階段が目に付く。 「目が痛い、白ね。」 「母親の趣味。さてと、何処の部屋を使ってもらっても結構だよ。」 「何処のって?」 「ここにある部屋の何処でも。」 「あなたの部屋は?」 「一緒の部屋。」 怜奈の手を捕まえ、それに頬摺りをしそうになる基紀から手を引き取る。 「何するのよ。」 「スキンシップ。」 「ばっかじゃないの?」 「よく言われる。」 「童貞でしょ?」 基紀の眉が上がる。 「そう言うやつって、ことを焦り過ぎなのよね。そんなに焦ってことをしようとするからし損じるって言うのに、」 怜奈はそう言いながら基紀に背中を向け、基紀の様子をガラス窓から伺う。 「じゃぁ、どうすれば、合意してくれますか?」 「あのね、だから、そうやってあせん無いの。」 電話が鳴る。基紀が受話器を上げると「あ? まめな奴だなぁ。お前って。解った。じゃぁ、明日。」 「何?」 相手が東雲だとは解る。 「彼女たち、二人とも今日のあいつらとラブホテルに宿泊だそうな。」 「宿泊?」 「東雲が後で店に行って、その後を追ったそうだ。ちょうど、真向かいの。」 基紀が窓際に立ち、指さす。湾曲した海岸の向こうにこの別荘と同じく山の上に建っている建物がある。卑猥なピンクの証明で照らされたものをラブホテル以外疑えない。 「彼らも童貞かな?」 「あいつらは、やり手なだけよ。」 「やり手?」 「やることが好きなだけ、別に、明日になれば別れたっていいんだから。」 「なんか、嫌なことでもありました?」 基紀が怜奈の肩を掴み、背後から耳元で囁く。怜奈は素早く身をよがってそれから逃げると、基紀を見上げる。 「何なの、あんたは。」 「若林 基紀です。」 「名前じゃない。」 「では、男です。」 「性別なんか聞いてないわよ。」 「では、怜奈が好きです。」 「馬鹿。」 「よく言われます。」 何故だか、反抗する気も、刃向かう気もなくなってしなった。 「どうも、酒に酔った。」 怜奈が頭を押さえる。 「悪い酒でしたからね、部屋に案内しますね、」 怜奈が動こうとしない。 「別の部屋に寝ますよ。」 怜奈の足が動くと、基紀はため息をつく。 「一階がいいでしょうね、この部屋なんか、朝日が当たっていいですよ。」 「朝日嫌い。」 「そうですか。じゃぁ、年中日当たりの悪い部屋でも。」 「そこがいい。」 基紀に支えられて、確かに年中日当たりの悪そうな部屋に案内された。ベットと、机、ソファーの片割れのような椅子だけの部屋。ただし、そこには生活の匂いがする。くしゃくしゃのシーツ。山のよう中身が載った机、 「あんたの部屋?」 「はい。」 「じゃぁ、日当たりのいい部屋!」 「はい。」 基紀は怜奈を最初案内した部屋に連れて行き、ベットに寝かすと、濡らしたタオルを持ってきたりと世話を焼いた。 ただし、怜奈はすでに眠りこけていて、そんなことなどいっさい覚えていない。 怜奈は暑さに目を開けた。まだ、五時だというのに、その部屋のベットには燦々と日が照りつけ、しかも熱い。怜奈は起き上がると、部屋を出る。 一カ所だけ戸が開いている部屋がある。しかもそこから、洋曲が流れている。 「おはようございます。」 シャツの袖をまくり上げ、机に腰を下ろして、紙束を覗いていた基紀が、怜奈の気配に顔を上げる。 「何、仕事?」 「ええ、アメリカの支社の方からの企画に目を、あ、朝食どうしますか? と言っても、家政婦は今日は一時まで来ないんでしたっけ。」 基紀は時計を見て呟く。 「台所、何処?」 「は?」 「作ってあげるわよ、料理研究家よ。私。」 「そうでしたね。」 二人は台所に向かう。 「あ、昨日は、家の方に連絡しませんでしたね。」 「一人暮らししてるから平気よ。」 台所は綺麗に片付けられていた。冷蔵庫には、必要最小限の食材だけで、今日の昼過ぎに来るときにでも足すのだろう。 「そうね、なんか、作れそうね。」 冷蔵庫を見終わって立ち上がった怜奈が、ふわっと貧血で揺れたのを、基紀が背後で支える。 「大丈夫。」 「じゃ、ありません。」 基紀はしっかりと怜奈を抱きしめる。 「どうか、合意を。」 「……。その前に腹ごしらえよ。昨日、最悪な夕飯だったから。」 基紀の手がゆるみ、怜奈が振り返って微笑む。 基紀も微笑み、その場に甘いピーナッツバターで炒めた一口サイズのパンと、ベーコンエッグの匂いがし始めた。 |
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