サッカー

 その俄雨は、火照った体を優しく鎮めてくれた。激しく降り続く夕立は、ほんの五分ほどで止み、あとはまた青空を覗かせた。
 オレの彼女、里菜はよく聞いてくる。
「なんだって、雨の中でも、雪の中でも、炎天下でもボール追いかけるのよ。野球なら、とっくに中止でしょ?」と。
 なんでだろうかな? よくわかんねぇ。でも、追いかけてると、すごく自分らしく感じる。それしか答えが見つからなかった。
 小学校四年の部活で、人気の無かったサッカー。まだ野球が人気で、うちの学校では、野球の出来ないものがサッカーをするという、汚点的な名称があった。
 オレも最初はピッチャー志望だったから、野球部に入れなかったことはかなり悔しかった。
 部活の顧問は社会人サッカークラブのキーパーをしている人だった。浅黒い肌に、汗っかきで、冬でも上半身はだかだった。サッカーばかりやってたから、皮膚感覚馬鹿になったみたいだ。それが口癖だった。熱血漢だったな。
 まっすぐドリブルすること、S字。ターン、パス、基本から、本格的な、彼が知る得る技術を教えてくれた。
 そしてオレはサッカー小僧となり、県下で唯一サッカーの強い高校に入った。
「甲子園みたいなもの?」
「そうよ、野球なら甲子園があってさ、恋人に、甲子園に連れて行ってやるからな。って言うのが定番じゃない。サッカーにもあるの?」
「国立かな?」
「夏?」
「否、正月。」
「馬鹿。」
「馬鹿とはなんだよ。」
「あのね、何が悲しくて、寒いなか応援しに行かなきゃいけないのよ! 大体サッカーてさ、雨だろうと雪だろうとやって、ほんと馬鹿。だからって、夏は休みかと言えば、練習でしょ? 一体サッカーボール触ってない時間が一日何時間あるのよ? こんな可愛い彼女を放って、サッカーするなんて、馬鹿以外ないわよ。」
 気の強い子だから、はっきりと言ってるけど、いいながら、そういう性格を後悔している仕草も同時に見せる。
 誰だっけかな? お前はよく状況を見ている、初めての相手でも、相手の得手不得手を瞬時に見抜くから、お前は彼らからボールを取れるんだね。と言われた。誰だっけかな? 小学校の時のコーチじゃないなぁ。
「いいんだよ、サッカーが好きで、サッカー小僧してるのはさ。夕立でも、泥だらけになって追いかけてさ。そのユニフォームの白、見たことないんだけど。それでも、いいんだよ、いい顔してるから。そういう顔してるあんたが好きなんだし。でもさ、少しくらい、サッカーの情熱のほんの少しこっち向いてくれてもいいかな? って思うんだけど。」
 こいつは平気なんだよなぁ。こういう恥ずかしい台詞を言ってのけるのが。そしてそんなときの潤んだ目が、ぐぐっと来るんだよな。
「なんか予定狂ったけどね。」
「予定?」
「そう、高校生になったら、絶対に野球小僧の彼女になって甲子園に行くんだったけど、しょうがない、新しいコート買って、完全防寒で応援してあげるわ。」
 鼻で笑ったオレに、里菜は足下のボールを転がしながら続けた。
「サッカーって、楽しい?」
「ああ。」
「将来は、サッカー選手?」
「なれたらいいな。」
「なれるでしょ、それだけ練習していたら。」
「どうかな。」
「彼の言葉を信じないの?」
「彼?」
 思い出した。オレにいい才能だと言った人だ。ブラジル元代表。背番号10のミッドフィルダー。通称グランドの魔術師。彼の足技はまるで手品のようにボールが消えるという。 黒人らしいあの大きくて黒い肌でオレの小さな手を握り、絶対に君はいい選手になると言った人。そこの方に緑を含ませた瞳が、きらきら輝いていた。
 彼は俺と握手をした三ヶ月後、不慮の飛行機事故で他界した。オレはその悲しみから、彼を押しやっていた。彼がやっていたブラジルへ行きたいと願いながら、彼との悲しい別れが、記憶を押し隠していたんだ。
「俺は天才なんだぞ、信じるも何もないさ。」
「ほんと馬鹿。」
 里菜の言うとおり馬鹿だと思う。でもオレは、今やっと吹っ切れた彼への思い出とともに、そしてあの言葉とともに、里菜を国立に連れて行くことを誓った。
 冬の寒い、寒風吹きすさぶなかで、サッカー馬鹿達はボールを追いかけるだろう。そしてそこでピカ一たちは将来を掴むだろう。オレも、その一握の中に入るように、もう少し馬鹿をやっていこう。里菜には、もう少し淋しい思いをさせて……。
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