パラレルワールド
〜猫型たぬきの居ない世界でのお話しと言ってどれほどの人が彼を想像するだろうか?〜
「影」「眠り」「冬休み」使用

「さぁ、出口はこちらです。」
 そういって彼の手を引いた少女は、見るからに時代錯誤な姿をしていた。歴史が得意でない彼でも、その姿が卑弥呼が居た辺りの服装に似ていることは何となく思いつく。しかし、ここがそうだとは限らない。なぜならば、彼は二十一世紀に生きている少年なのだから。
 彼の名前は、山城 威哉(やましろ たけや)。都内高校に通う十七才。お年頃だ。気にしていたそばかすも消え、背も徐々に止まってきて、ちょうど百七十になった。親からはウドの大木と言われているが、これでも平均的な高さだ。
 その彼が、学校の北に有る小高い丘で昼寝をしていたときだった。冬休みぼけからも立ち直りかけたこの時期に、野外で昼ねとは無茶な話だが、今日に限って風はなく、陽も穏やかで、授業をさぼっていたならば、そのまま寝入っていたのだ。
 するとどうだ、人の気配がして目を開けると、真っ黒い髪を垂らし、顔の横のほうに四、五本だけ細く三つ編みしていて、小さなビーズで止めている少女が恐る恐る様子を伺っていたのだ。
 着ている服は生成よりも黒く、土色したごわごわしてそうなもの、筵(むしろ)や、茣蓙(ござ)のような感じのするものを巻いているだけ、まるで、『人類初めて物語』に登場しそうな格好だった。
 なのに、彼は彼女に惹かれた。一目惚れ。と呼べるかどうか解らないが、でも的確に彼は彼女を見つめていた。
「あなたは何も解らずにここに来てしまったのですね、居るんですよ。たまに。さぁ、見付かる前に返してあげます。」
「見付かる? 誰に?」
「誰? 言っても多分解らないでしょう。」
 彼女は小さく笑った。途端周りの草木も揺れた木がする。
「さぁ、こちらが出口です。」
 そういって指したのは一本の巨木だった。
「木?」
「大丈夫です、ここに入っていけます。目眩ませですわ。さぁ、早く、来てしまうから。」
「君は?」
 彼女は笑顔で威哉の背中を押した。押されて直ぐ、彼はあの丘の上に立っていた。振り返ったが彼女の姿も、木もない。
「山城!」
 嫌な声だ。同じクラスのがさつで男勝りな女。浅田 夕貴が腰に両手をあてがい立っていた。
「なんだよ。」
「なんだよじゃないわよ、もうすっかり放課後よ、どこに行ってたのよ!」
「関係ないだろ。……って、放課後?」
「白々しい、今日一日さぼるんだったら、学校に来なきゃいいのに。」
 夕貴の言葉に威哉は空を見上げた。確かに日は傾き、冬特有のすっかり西にむかって行っている最中だった。
「まじで?」
 威哉の動揺がおかしいのか、夕貴は威哉に近付いてきた。
「あんた、どうしたの?」
「いや、寝てた。」
「寝てた? 今日みたいな記録的に寒い日に? 風は轟々と吹きすさび、陽がようやく出たと思えばすっかり三時。そんな日に、ここで寝てた?」
 夕貴は嘘をつかないだろう。第一、天気のことでこれほど嘘を言っても始まらない。では、彼が寝る前に見たあの穏やかな天気はなんだ? その時点であの夢と合流していたのだろうか? 第一、あれは夢だったのだろうか? 彼女の手の柔らかさとか、ほんのりと冷たい感触が残っているのに。
 威哉が掌を握ったり開いたりするのを夕貴は眉をひそめて見つめる。
「あんた、病院に行った方がいいわよ。」
「あ?」
「アルツハイマーだったりして。」
 夕貴はそういって歩き出した。
 威哉は空を見上げた。確かに雲が多い、そして、寒々しい風が吹いている。
「夢、だな。風邪引くかな?」
「馬鹿は引かないわよ。」
 威哉はむっとしながら家路へと向かうため、一度教室に戻り荷物を持って帰った。
 
 それから数日が過ぎ、すっかりあの夢も忘れていた頃だった。
「真面目だねぇ。」
 威哉とよく一緒に居る青森 秀吾と、夕貴の三人はあの丘の掃除をしていた。
「今時、全校生徒一斉掃除の時間。何て言う学校ねぇぞ。」
「ほとんど、今日は掃除当番だわ。とか言ってるよな。」
 威哉と秀吾の会話を、ほうきを持って仁王立ちで夕貴が呆れる。
「口を動かさずに手を動かす!」
 返事をしようとした。その時だった。夕貴の後ろの、何もないはずの空間から手が伸びた。二本。右手と、左手。そしてその手は辺りを探り、探り当てた結果夕貴を掴むと、その何も存在しない空間に引きずり込んだ。
「夕貴!」
 威哉と秀吾はとっさに夕貴の腕を掴んだ。あまりにも激しい力に三人は目を閉じた。そして開いたときには、驚くしかなかった。
 学校がない。フェンスもない。あるのは綺麗な林だけだ。そしてここは、あの場所だ。
 威哉が立ち上がり振り返るとあの少女が居た。
「ごめんなさい。あなたのつもりだったんです。」
 少女はそういって頭を下げた。
「あなたのつもりで引っ張ったら、そちら様で、本当にごめんなさい。」
 彼女の言葉に夕貴はとりあえず立ち上がり、腰を払うと、彼女を訝しげに観察し始めた。
「あなた誰? ここはどこ? 威哉に用って一体何? 一体どうなってるの?」
 夕貴の言葉に彼女は威哉を見た。
「君は、誰?」
 苦笑いをしながら威哉は夕貴の質問を砕くように一個ずつ聞いた。
「日向命(ひよのみこと)ともうします。」
「卑弥呼?」
 そうじゃないと解っていて秀吾が聞き返すと、日向命は首を振りもう一度言った。
「とりあえず、ここはどこ?」
「神憚り(かみはばかり)の森の中です。」
「何?」
 日向命は再び言った。なぜ一度で解らないのだろう。と言う顔をして。
「で、俺に用って?」
「あ、それは、ですね、えっと。」
 日向命は俯き、顔を赤くした。
「何? 威哉が好きになったから、逢いたさに引っ張ったわけ?」
「いえ、それは、」
 日向命はぱっと顔を上げたが、威哉と目が合うと俯いてしまった。
「違うとは言い切れないのね?」
 夕貴の言葉に日向命は頷き、
「でも、でも、助けて欲しくて。」
 夕貴の顔を見ると日向命は恐縮し、また俯いてしまった。
「夕貴、そう恐い顔するなって、怯えてんじゃん。」
 秀吾の言葉に夕貴は秀吾を軽く睨んでから、
「こういう顔なのよ。」
 と日向命を見た。
「それで何よ、助けとか、なんとか、あたし達は帰りたいのよ、解る?」
「解ってます。あなた方は、いいえ、威哉命(たけやのみこと)もお返しします。」
「威哉命だって。なんか居そうね。」
 夕貴はようやく笑った。
「否、でも、なんか困ってるんじゃ?」
 威哉が訊くと、日向命は少し間を置いて、思い直さずに首を振った。
「やはり行けません。私が甘いのがいけないのですから。」
 と顔を上げた。
「あのさぁ、別にあたしの知ったことではないわよ。威哉がこのままここに居ようが、ここがどうなろうが、でも、連れてこられて、やっぱりいいです。って、目覚め悪いじゃない。帰っても、あれ、なんだったんだろうって思うし。あたしが危惧してるのは向こうで大騒ぎになってるだろうと思うだけ。三人がいきなり消えたんだもの。まぁ、もっとも威哉や秀吾が消えても、誰もさして驚かないだろうけど。あたしは違うわ。優等生の浅田 夕貴様よ。向こうでの言い訳を考えなきゃ。」
 夕貴がそういっている間、日向命の顔色が徐々に変わり、顔つきも変わる。威哉も秀吾も普通の学生だが、周りに嫌な気配を感じることは造作もない。見えているのだから。
 手にしているのは石槍や石斧、と言った文明の利器ばかりだ。
「日向命様、こいつらは?」
 彼らの当主だろう、貫禄のいい中年が一歩近付いてきて、背の高すぎる威哉と秀吾を見、そして夕貴を見た。
「彼らは、」
「日向命が読んだ神様よ。」
 夕貴はそういって腕組みをした。周りはすっかり囲まれており、今ここで帰ることができる状態じゃないと解ったようだ。もっとも、なんくせ言いながら帰る気など無いような風ではあったが。
「神様?」
 彼が嘲るようにして笑うと、夕貴は秀吾のポケットから百円ライターを取り出した。そしてそれに火を付けると、彼らはあまりのことに驚き、平伏した。
「神様を馬鹿にするんじゃないわよ。」
 夕貴の貫禄と、機転は威哉も秀吾も驚くばかりだった。
 三人は日向命が治める小さな国に入った。国と言っても、山間の村。がせいぜい表現しておかしくない程度だ。日向命が治めると言ったが、実際は、彼女は予見するだけで、政治は先程出てきた長老達が仕切るという。
 筵が敷かれ宴席が盛られた。注がれた酒を口にしたが、あまりの純度の高さに一口で辞めると、威哉は日向命のほうに目を向けた。
 一人一段高い場所に祭られた日向命の周りには誰も居ない。ただぼんやりとその宴会を見ている彼女を見ていたのは、威哉だけじゃなかった。
 夕貴は立ち上がると、日向命の側に行き、何かを話している。その様子に村中の目が注目されたが、二人の会話は聞こえなかった。
 暫くして夕貴は威哉と秀吾の間、もとの席に落ち着いた。
「何話してた?」
「About the method that we come back 」
 威哉と秀吾は夕貴を挟んで顔を見合わせ、お互い首を傾げる。
「もっと、英語を勉強しておいてよね。まったく。」
 夕貴はそういってどろどろに水で湯がいた葉っぱを口にする。
 三人は日向命の居る家に上がった。高床式の家は思いのほか暖かく、涼しく、そして快適だった。
「それで?」
 秀吾が窓と呼べるそれの戸を押し開け、支えをしながら訊くと、夕貴が口を開いた。
「辞めたいんですって。」
「は?」
 威哉と秀吾は同時に発した。
「何を?」
 と同時に言って、お互い嫌な顔をしながらほくそ笑む。
「巫女を。」
「巫女? ああ、巫女だったのか。」
 秀吾の言葉に夕貴は秀吾をなじった。威哉は口にしなくて良かったと内心安堵しながら日向命を見た。
「なんで? 名誉だろ?」
「私の性分に合ってないと言います、予言や予知の力はまずまずだと、確かに思います。でも、私のあやふやな予言で人々が慌てたり、その所為で辛い思いをするのが辛くて。」
「雨が降り続いて直ぐ止むと言いながら大洪水になったり、干ばつが続いたり、そういう事よ、解ってるわよね?」
 夕貴は丁寧に教えてあげたわよ。と言う顔をする。秀吾は口を尖らせながら、
「でも、そんなもの、全部が全部当たったら、そっちの方がこえぇじゃん。」
「馬鹿ね、この時代、多分、縄文、弥生、古墳時代って言うのは、占いだとか、巫女の神がかった力は大いなもので、それを手にしている国は日本を治めているに等しかったのよ。あんた言ったでしょ、卑弥呼って。あの人の能力も凄かったと書いているわ。だとしたら、あたし達が不気味がっている能力はこの時代に置いては必要だったのよ。二度有ることは三度ある。そうして当ててしまったことから彼女は巫女になった。巫女となって祭られたお陰で、誰も寄りつかず、寂しかった。そんなときに迷い込んだ威哉を見て、助けて欲しいと思ったのよ。今の現状を変えてくれるような気がしたんでしょ。奇怪な格好だもの私たちの『制服』って。」
 夕貴はそういってスカートのひだをちょいと抓んだ。
「だとして、そんなことして大丈夫なのか?」
「だから、いいって断ったのよ。わがままだった。逢えたらそれで良くなったってね。まぁ、あたし達『おじゃまむし』がついて来たのが、最大なんだろうけどね。」
 夕貴がそういったあと、秀吾がトイレに立ち上がった。
 高床の階段、と言うには粗末で、はしごと言うにはユニークなそれを降り、草むらに突き進む。
「でも、あの草むら一体で、ってことは誰かのもあるって事か? うわ。」
 秀吾は急に気味悪がったが、用は至急を極める。大きな木の側まで行き、その木に掛ける。
「まるで、犬だな。」
 そういった秀吾の耳に、先程の長老達の声が耳に付く。
「神様が三人もいるんだ。隣の国に戦を仕掛けよう。絶対に勝つぞ。」
「そうじゃ、向こうは儂らの土地を奪い、勝手に住みついた。儂らはこんな貧しい土地に追い出され、喰うもんもろくにない。」
「しかし、あの三人は本当に神様なんだろうか?」
「よもざ、お前も見ただろ? 火を自在に操っておった。それに神の言葉を話した。」
「それにあの格好も奇妙だ。」
「しかし、」
 秀吾は慌てず、急がず帰る。高床に駆け上り、
「手、洗った?」
 と言う夕貴にワザと掌を見せながら先程の話をする。
「戦?」
「夕貴。」
 日向命と威哉と同時に発する。
「参った、そう来たかぁ。」
 戦になろうとは夕貴も考えつかなかったらしい。もし、戦に参戦して、もし万が一、否、千が一、百が一にでも死ぬようなことになったなら、やはり、二度と戻れないわけだ。
「神様までは言い過ぎた?」
「じゃないと捕まっていたけど。」
「どうすんだよ。」
 威哉と秀吾は夕貴を見る。
「お返しします。今夜、お連れします。」
「日向(ひよ)?」
 日向命は頷いた。
 四人はその家で夜を待った。陽が落ちると辺りはすっかりと闇にかき消される。日向命のいる高床の家の周りと、長老のいる家には篝火が焚かれた。
「すんげー、星が有りすぎ。」
「見事ね、プラネタリウム真っ青ね。」
 夜空は月の発光も明るく、星の瞬きも綺麗に見えた。
「でも、逃がしたのばれたら、あなたは?」
「ご心配なく、ご迷惑をおかけしました。」
 日向命はそういって微笑んだ。闇に紛れて四人は神憚りの森の中の、あの木まで来た。
「さようなら。」
 日向命にそう言われ、三人は木を潜る。そこは放課後のあの場所だった。
「何日経ったんだ?」
 夕貴は首を傾げる。その前を同じクラスの男子数名が過ぎる
「おーい、もう終わりだぞ、帰ろうぜ。」
 奴が手を振っている。
「時間が、過ぎてない?」
「日向のお陰か?」
「なんか、ひよこの仲間みたい。」
 秀吾の言葉にひとまず、帰ってきたさいの混乱がなくホッとして笑い合う。
 しかし、どこかすっきりしない。
 日向命は大丈夫だと言った。確かに大丈夫だろう。役立たずな、戦闘において非常に足手まといな三人が居るよりいいだろうし、あのまま居ても、神どころか普通の高校生だとばれる。否、普通の十七才だとばれる。
「とりあえず、帰る用意しましょ。他の人の迷惑もあるわ。」
 夕貴の言葉に三人は教室に向かう。
 人が帰っていく中、三人だけが教室に残った。そしてすでに一時間が過ぎた。
「パラレルワールド。」
 夕貴がやっと口を開いて威哉と秀吾はそれに弾かれるようにして夕貴を見た。
「パラレルワールド?」
「日向の居た時代。仮に縄文時代だとして、あのあとあそこがどこに変わると思う? あんな林はこの辺りにはなかったはずよ。」
「確かここって大昔は海だったんだろ? ってことは、ここじゃない?」
「と言うことになるでしょ? 威哉が行った所為で、平行世界が出来たとしたら、」
「でもどことつながってたんだよ。あそこはどこだよ。」
「あたしがあの世界を作ったわけじゃないの。知らないわよ。そんなこと。それに、パラレルワールドというのも私の憶測で、もしかすると、今解っているここが昔、海だった。が間違いである可能性だってあるわけよ。それか、あれは三人が見た『夢』とかね。」
 夕貴は夢を強調させた。秀吾も、その夢に賛成のようだった。
「そうだよ、ありゃ、夢だ。」
 しかし威哉の顔だけは優れなかった。あのあと、三人が居なくなったあと日向命はどうなっただろう。決して案配よく済むはずはないだろう。勝手に帰した罪が架せられるか、それとも、神は日向命に乗り移ったとでも大騒ぎをし、戦になっているかも知れない。
「帰るべきじゃなかった。って顔をしてるわよ。」
「ったりまえだ。助けを求めてきてたんだぞ。」
「馬鹿! あっちであたし達に万が一あって、向こうの世界が変わったらどうするの? あっちだけじゃない。こっちの世界にだってその余波は来るに決まってるわ。あたし達が居てどうなるわけじゃないでしょ? 科学の進んだ道具が出せるたぬきが側に居て、全て良しってわけにはいかないのよ。」
 夕貴の言うとおりだ。たぬきは別として、確かに、この時代の科学を持っていっても、せいぜい役に立ちそうなのはスタンガンとか、カッター、包丁、出刃包丁。はさみ、鋸、千枚通しってところだろう。しかしそんなものをおいてくるわけには行かない。でも、そんなもの直ぐどこかに忘れてきてしまうものだ。
「でも、俺、」
「日向が好きなのはわかったわよ。でも、無理よ。生きてる場所が違う。生きてる時間が違う。この差をどうやって埋めるの? 埋めれるの? 無理でしょ? アメリカ、アフリカ、ブラジル、北極にいるんじゃないのよ。月? 火星? それとも違う。まったく違うのよ。行ける可能性がゼロに等しい場所なの。それに、こちらから自由に行き来できるところじゃない気がする。あれは、日向の力なのよ。」
 夕貴の言葉に打ちのめされて、ノックアウト状態で威哉は俯く。
「まぁ、そう言わずに。威哉が好きになるのも解るよ。なんか、あの子だけ色が違うというか、他から浮いてたよな。」
 夕貴もそれに賛同するように頷く。
「綺麗すぎだったよね、最初は何? って思ったけど、村の人たちと比べるとまるっきりね。」
「もしかして、日向はこっちの人間じゃ。」
「いいねぇ。恋は盲目よ。自分の都合に良いような解釈を始めたわ。」
 夕貴の嫌味に威哉はむっとして秀吾を見る。
「そうだ、言おう、言おうとして忘れてたんだけど、なんか、あっち、軽くなかったか? こう、体がさぁ、」
 秀吾が肩を揺する。
「軽い?」
「ああ、長老達の話を聞いて、急いで行ったろ、あの時やたらと早く走れてさ。」
「そういう状況だからでしょ?」
「そうかなぁ。なんか、帰ってきてすんげー体重いと思ったんだけどな。」
 夕貴はそう言えばと言うような顔をしている。
「もし、磁力が軽ければ、運動能力も他よりもすげーってこと?」
「行ってみなきゃ解らないけどね。」
「もし、もう一度行く機会があったら、」
 夕貴は手を振った。秀吾も何だか行くとは言いきれずにいた。
 威哉は窓から藍色に成りつつある空を見上げた。
 
 あれから一週間が過ぎた。三人は会話をすることがなかった。もし一言交わせば日向命について話すだろうし、話しても、打開策にはならないからだ。
 威哉は一人教室にいた。放課後一人残るのがあの日から続いている。家に帰っても思い出すのは日向命のことだけだし、どこにいても、結果考えているのだから、家に帰る、学校に来るという動作が煩いのだ。
「また一人で考え込んでるの?」
 夕貴だった。相変わらず気が強そうに発する言葉の端々に、そう言いながら自分もそうであるような気配を漂わせている。
「行くんじゃなかったわ。もう寝れないほど考えてるもの。」
 夕貴は威哉の側の椅子に座り、廊下側を向いて足を組んだ。
「あんたに話しかけたらさ、きっと日向のことを話し始めて、ずっとらち開かなくて、だからと行って、行くことが出来てもどうしようもないとか、もう頭おかしくなりそうな感じ。」
「同意見。」
 秀吾もそう言って教室に入ってきて少し離れた場所に座った。がらんとした教室に三人だけがいる。校舎外では生徒の声がするのに、校舎の中は静寂に包まれている。
「日向は大丈夫だろうか?」
「さぁね、かなり女らしかったから。」
「お前と正反対。」
「それも考えた。あたしがあそこに居た方がいいんじゃないかって。主導権握って、名前も卑弥呼と改名して、歴史に名を残してあげるのに。」
「おいおい。」
 秀吾と威哉は同時に突っ込み、でももし夕貴があの時代に居たなら、まさに、女帝だっただろう。頭はいいし、機転も利く。そして美人だ。
「でも、無理ね。行けっこないもの。」
 夕貴の言葉はだめ出しのように三人に重くのし掛かる。
 威哉が顔を上げて辺りを見渡す。
「どうした?」
「なんか、聞こえないか?」
 秀吾と夕貴が耳を潜めるように、神経を耳に集中する。
「何も……、日向?」
 秀吾が立ち上がる。椅子が倒れる不協和音に、微かに響く「助けて」の声。それはまさしく日向命の声であり、はっきりと聞こえた頃には、あの高床の家に居た。
 日向命は白装束を着て手を組み、祈祷のために作られた祭壇にむかって一心にまじないごとを言っている。
「日向。」
 威哉の声に日向命は身体を跳ねて振り返る。
「威哉命。」
 威哉の名を呼んではらはらと日向命は涙を流し始めた。
「どうして?」
「助けてっていったろ?」
 威哉はそう言って日向命を抱き締める。夕貴は窓を透かして外を見下ろせば村人の気配はない。
「みんなどこに行ったの? 戦?」
 日向命は涙を拭いながら首を振り、しゃくり上げながら話し出した。
「あれから戦をしようと言う話が決まり、私には三人の神が宿ったとして武器を作り始めたんです。」
「やっぱりそう考えたか。」
 夕貴は自分の仮説が当たったことが嬉しそうだった。
「でも、大国の大君の闇作りの物の怪が暴れ始めたのです。」
「何? 大国の?」
「大君です。」
「大国って言う国の王様ってところ?」
 日向命が頷くと秀吾と威哉は納得するように頷く。
「それで、闇作りの物の怪って?」
「大きな体で全てを飲み込んでしまう恐ろしいものです。」
「見たの?」
「一度。大君にこの国を譲り受けたときに。」
「どんなもの?」
「どんなと言われても、ただただ大きかったです。」
「何かに似てなかった? 人の形をしてたとか、カエルのようだったとか。」
「鳥のようです。どちらかというと。でも鳥ではないですわ。火は吐きませんもの。」
「火を吐く鳥?」
「不死鳥? 火の鳥?」
 夕貴もさすがに想像できないのか首を傾げる。例えば、プテラノドンの様だとしても、火は吐かないだろう。プテラノドンは……。
「それで、あなたが生け贄?」
 夕貴は頭を振って話題を変える。日向命は暫く黙ってから、頷いた。
「ちょっと、待てよ。なんだよそれ。」
「怪物には生け贄が相場でしょう。村人が居ないんじゃぁそう考えて自然よ。もっとも、威哉が言っているのは、日向命が生け贄なのが気に入らないと言うのでしょうけどね。」
 夕貴はくすりと小さく笑い窓の外を見た。四方を山に囲まれているこの場所に埋めようとでも言うのだろうか? そうすると、村人以下、大君という奴らはあの山の上でこちらを見張っているだろう。
 夕貴がふいに飛び跳ねだした。二度飛んで納得したかのように一人相槌を打つと、髪をくくっていたゴムを解き、口にくわえて護摩用の木を二本掴んだ。
「何するんだ?」
「護身術用の飛び道具。」
「は?」
「あなた達そのつもりでここに来たんでしょ? 秀吾だって、そのつもりで近所の空手道場を覗き見して、独学したんじゃないの?」
 威哉が秀吾を見る。
「いやぁ、俺の蹴りは空を切るぞ。」
 わははは。と笑う秀吾を馬鹿にしながら夕貴は先程の道具でパチンコを作り出した。
「なるほど。」
「石ならわんさか転がってるわ。あとは、」
 そう言って木の先を鋭利にカッターで切り落としていく。
「お前、」
「言ったでしょ、寝れないほど考えたって、そうして訳に立ちそうな知識と言えば、サバイバル術と、護身術。一体何冊のそういう本を買ったと思う? あとで請求するからね。まったく。」
 夕貴は手軽に作れる武器を作り続けた。
「でも、その物の怪に勝てるのか?」
「負けたら死ぬだけよ。そうすれば、向こうの親は神隠しにあったとか言って、普通の何倍もの速度で年を取るだけよ。」
 夕貴の言葉に呆れるだけだった。でも、続ける言葉に何故だか奮起もした。
「だから、帰るために勝つのよ。そのためには死ぬ気で戦うの。このまま逃げて、日向を連れて行って、彼女が向こうに適するとは思えない。だったら、戦うしかないでしょ? 安心して、もう、寝れないほど考えなきゃ行けないまま帰るのは嫌でしょ? ほら、立ちなさい。」
 夕貴は威哉と秀吾に楊枝のお化けを手渡す。
「そうだ、煙草有る?」
「ああ。」
 秀吾が素直に差し出すと夕貴は顔をしかめ、
「帰ったら先生にチクってやる。」
「あ、なんだよそれ。」
「ま、でも、これで吸う気は失せると思うけど。」
 夕貴は煙草に何かを入れて小細工を施し、煙草を三等分して渡し、威哉には日向命との行動を、自分は秀吾と二手に別れる作戦を伝えた。
「どんなものにしろ、足はあるわ。引っかけ、叩き落とし、蹴りつけ、踏みにじり、非道の限りをぶつけ、日頃の先生への恨み辛みに、親への反発全てぶちまけて倒すの、良いわね。」
「何となく言わんとしていることは解る。」
「じゃぁ、そう言うことで。」
 夕貴は秀吾と扉を開けて外に出た。
 風が舞い上がり、草木と土の匂いを運ぶ。
「草とか、土とかって匂いあったんだって感じだな。」
 秀吾の台詞に夕貴も頷く。
「空も、あんなに高いしね。」
「こっちは、春なんだな。」
「そのようね。」
 夕貴のあとについて秀吾は近くの家の中に入った。
「おい、人んちだぞ。」
「荷物なら持ち出されてるわよ。だいたい、この村が滅ぼされるって言って、切迫していない村人なら、きっちり用意して出ていけるわよ。」
 夕貴はそう言いながら、釜戸らしきものの薪入れを探る。
「何してんだ?」
「えさ。」
 秀吾はわけ解らずに近くに腰を下ろした。
「つまり、その者の怪我この村に来ているわけじゃないじゃない。来るかも知れないってだけでしょ? この村人の居なくなり方は。とすると、何かここにあってその物の怪が来るって事よ。つまり、その物の怪がまっすぐこちらに来るような。」
「つまり傷ついた我が子とか?」
「そして金色の野に降り立つ青き衣の戦士が出てくるのよ。」
 夕貴は各家々を周り、最後に村長の家らしき大きな家に入った。さすがに人一人の動きが見えても、いつ物の怪が来るか知れない恐怖か、誰も降りてこない。
 村長の家は他と違い大きく、床があった。木を渡しているだけだが充分だった。秀吾は再び灰掻き始める夕貴を見ながらそこに寝ころぶ。
「お前さぁ、嫌だとか言いながら結構張り切ってるよな。」
「順応性があるの。それと、日本名だったからかな。」
「なんだよそれ。」
「定番。ファンタジーの定番と言えば?」
「は?」
「日向がもしキャサリンだの、キャロルだのだったら思いっきり引いたわね。魔法だの、最新鋭の詰まった音速機とかも。まだこっちの方が劣等感より優越感にひたれるわ。ライターの火で神だと崇められたのよ。なかなかいいでしょ。ただ、その分、文明に頼ってきていた自分の無能さを知るけどね。」
「やっぱ、頭良いな。」
「結構好きよ。こういう夢。」
 夕貴は夢と言って笑った。夢だと思えばこそ、大きな気持ちで居られるのだろうか? 秀吾は頭を振った。どう考えても、あの闇作りの物の怪などなど、不安要素はそんなものでは補えなかった。
 日向命は黙って威哉を見ていた。
「あのお二人は大丈夫でしょうか?」
「さぁ、夕貴が何を考えてんのか俺にはさっぱり。それに、夕貴は間違いを言わないから。ここに居ろと言うのは正しいはずだ。どこで村人の居残りが見張ってるか知れない。もし見張っていて、お前が狙われたら。あいつらは分離した神だ、そこここを歩いていても、なんにもならない。夕貴も言ってたろ?」
「信用なさっているのですね、あの方を。」
 切なそうに言う日向命に慌てて訂正するが、信用してないことはない。全面的に信用している。多分、夕貴の頭もパニックになっているだろうが、それ以上の威哉と秀吾を巧くここまで連れているのも夕貴の先導があってのお陰だ。
「確かに、夕貴がここに居る方がいいのかも知れない。」
 威哉は小さく笑って日向命を見た。少し悲しそうな、寂しい顔をしてみている。
 外で夕貴の悲鳴が上がった。威哉と日向命は立ち上がり窓から顔を出すと、十人ほどの村人が帰ってきていた。その中には村長もいる。
「夕貴。」
「日向命、何をしている。三人の神を取り込まぬか!」
 村長の怒号に日向命は震え、その日向命を威哉は背後に隠す。
「ばっかじゃないの! 分裂したら最後、もう一所には戻らないのよ。放しなさいよ。痛いわね。」
 夕貴は一人の村人によって腕をねじ上げられ、秀吾は二人の男に支えられて立っている。それじゃぁ、神への冒涜だ。そんなことを思っていた威哉の頭上に影が渡る。
「出た! 闇作りの物の怪!」
 威哉と夕貴は見上げて唖然とする。
「飛行船?」
 秀吾が、逃げていく男から手放され、両膝を打ちながらそう言った。
「た、退治をしろ、」
 村長達はそう怒鳴りながら逃げまどう。
「退治たって、飛行船を相手しても、ねぇ。」
 村人は腰を抜かしながら隠れられそうな草むらに飛び込んだ。四人が飛行船を見上げたままでいると、飛行船は近くの広場に降りてきた。
「誰か居るのか?」
「じゃないと、浮いたり飛んだり降りたりしないわよ。」
 夕貴はそう言って秀吾を立たせ、威哉達の側まで歩いてきた。
 飛行船の乗降口が開き、中から青年が出てきた。姿は中世ヨーロッパチックな甲冑姿で、髪も金色、目も青い。
「一体どういう世界よ。縄文時代がルネサンスと一緒なわけないじゃない。」
 中世ヨーロッパをルネサンスと言い表せるはず無いが、誰もがそれで納得しているような風がある。特に日本人で、訳も解らず、その当時の画家の絵を見に行く、旅行美術家。旅行しないと美術館に行かないような人たちは皆そう思うものだ。
「君たちは、地球の人だね?」
 彼は流暢な日本語で話しかけた。英語訛など無い。綺麗な日本語だ。
「地球の人? と聞くと言うことは、ここは地球ではないの?」
「地球だよ。しかし、君たちがたどった文明の世界じゃない。詳しい話の前に、私はゲルベルトだ。」
 秀吾は夕貴を見る。
「私は夕貴、彼は威哉、彼は秀吾、彼女は日向命。それで、ゲルベルトさん、あなたはどこの誰? なぜこの時代に飛行船なんか?」
「そもそも君たちが来たことの方がおかしな話なんだけどね。」
 ゲルベルトは小刻みに笑いながら飛行船に乗るように合図を送る。夕貴が歩いたので、三人は飛行船内に入った。
 飛行船内は運転室と乗員の部屋と、大きな部屋があった。
「生憎と、ここはボクの書斎兼寝室兼応接室なんだ。」
「そんなことは構わないわ、兎小屋になれているから。それで?」
 ゲルベルトは夕貴の言葉に再び笑って、紅茶を入れながら話し始めた。
「君たちが訊きたいことは、少なくても二つはあるね?」
「いいえ、三つよ。答え方によってはそれ以上にも増えるけど。」
 ゲルベルトは紅茶を配り、そして一枚の地図を出した。一枚続きの大陸図だ。そして大半にある海の中に赤い点が書かれている。
「この世界の西暦は3035年。」
「はい?」
 三人が聞き返すと、ゲルベルトは紅茶をひと飲みしてから続けた。
「この星は、地球を作る実験場なんだ。」
「地球を作る実験場?」
「そう、もう火星では人が住めなくなっている。大気汚染、温暖化、環境ホルモンの悪化、戦争と取り返しがつかないくらい火星は弱っている。そこで考え出されたのが、火星に近い場所に移住の地を見つけることだ。」
「おいおい。」
 威哉がばかばかしいと口を挟むと、さすがの夕貴も疑いの眼差しでゲルベルトを見た。
「今から行く場所はこの赤い点だ。一応私たちは聖地だと呼んでいる。そこから大気成分の切っ掛けとなった火山爆発を起こし、酸素変換作用のあるプランクトンを放出。そして動物が生まれ脊椎動物が生まれ、そして人ができる。そしてやっと、君たちが言う縄文時代に来たわけだ。」
「じゃぁ、人は火星から来たって事?」
「この世界ではね。」
「わかんねぇ。ここと俺達が居たとことどう違うんだよ。」
「この世界には君たちは存在しないと言うことだ。」
 なるほどと思える回答に威哉は黙る。
 飛行船は海に出た。海にはネス湖のネッシーが顔を出していた。
「ネッシーって淡水じゃないのね。」
 夕貴はもうすでに嫌になっているようだった。口調も大雑把で、嫌々言っている。
「あれは保護動物だからね。海の中でも天敵である鮫から守るため一角壁を張ってる。鮫だけが入り込めない区画をね。たまに人間が迷って行方不明になってしまうけど。」
「バミューダー海峡って奴?」
「そう言うところだね。」
「それで、そういう神様的あなた達が何をしてるわけ?」
「君たちの保護と、彼らの記憶除去だよ。」
「邪魔物?」
「ま、そう言うことだね。」
「でも日向は、」
「あのまま居ても良かったんだが、連れてきたのは君たちだからね。」
 威哉は言葉を詰まらせ日向命を見た。話している内容の大部分が解らないと言った顔をしている日向命に微笑み、こんどは夕貴を見た。
「なぜ私たちはここに来れたの?」
「それは偶然の出来事だね、彼女が今の生活に満足できていない。その感情が彼をまず呼んだ。とっさに、彼女はこの世の不事実だと彼を追い返した。しかし一度あっただけとはいえ、」
「感情が赴いたってわけ?」
「適語だね。まさにその通りだよ。そうしたらこんどは君たちだ。そして今回は、この飛行船飛来に怯えた彼女の声が届いてしまったと言うことだ。一度つながった世界は暫く行き来があるらしいからね。科学者として実に興味深い存在だよ。君たちは。しかし、君たちが言っていたが、暫くして途絶えた世界がもう一度くっつくという保証はきわめて低い。そうすると、彼女の親は、神隠しにあったと想像も付かない速さで年を取るだろう。もしつながって、同時進行していればいいが、すっかり未来に行き着き、自分たちの知らない世界になっていたら、」
「浦島太郎だわね。」
 夕貴はそう言って聖地と呼ばれている建物が見えてきて窓に近付いた。
「君たちのことは監視していたからね、私たちも人の子だ、引き止めてまで化学を発展させはしないさ。ともかく、こちらの計算ではあと数日で世界は切り離される。」
「飛行船なんか飛ばさなきゃ良かったじゃない。」
「見られたんだよ。彼女が彼を移動させた場所を、解らないように探っているときにね。そこで脅かしてショック銃を当てたら、」
「火を吹く物の怪ねぇ。」
 ゲルベルトは首をすくめ、飛行船は建物中に入っていき、ゲルベルトと一緒に降りた。
 床はガラスのような素材のもので、確かにこんなものはない。床が自動に動き、SF映画で見られるような高襟の服などは居ないが、それでも見たことのない素材の服を着ていて、見るからに顔色の悪そうな人や、高血圧そうな赤ら顔が過ぎていく。
「ここはメインだ。」
 幾台もののモニターが並び、画面に映し出されている。
「それで、このまま文明が発達しました。あなた達はどうするの?」
「我々が適応する世界はせいぜい二十年前後、つまり西暦3000年ごろの能力、知力が付けば我々は移住を開始する。
「彼らと仲良くできるの?」
「我々が作ったものだよ。」
 夕貴と威哉は顔を見合わせた。四人はそれぞれに別れて部屋を与えられた。夕貴は日向命と一緒だ。
「夕貴命(ゆうきのみこと)、威哉命たちは大丈夫かしら?」
「何でもかんでも命を付けないでくれる、自分の名前が長くて腹が立つわ。」
 日向命が俯くと、夕貴は足を組み腕を組んで黙想を始めた。
 日向命は与えられているベットやソファーに座らず、地べたに座ったまま、夕貴が黙想を終わらすまで待った。
 威哉と秀吾の部屋では、二人はそれぞれベットに寝ころんでいた。
「なんかさ、変な気分だ。」
 秀吾がぼそっと呟く。
「SF好きなんだよ、結構。そんでもって、人間は本当は火星人で、住めなくなって地球にやってきた。だから急にエジプトなんて言う高度文明が出来たと思ってんだよ。火星での文明もそのくらいだったとかさ。」
「どうやって飛んでくんだよ、あんな意味無くでっかいピラミッドを造った人種が。」
「まぁ、そう言うことは無視して、そんでさ、もう地球もやばいだろ? そこで化学は発展するわけだよ、火星に移住しようってね。」
「火星から来て帰るって?」
「ああ、月じゃなくて火星だ。どこで宇宙人と遭遇、地球上でさえ人種戦争があるんだ、宇宙人とあっても不思議じゃないだろ? そうして見事火星に移り住み、同じ事を繰り返す。でも、なんか、それって言葉いい侵略応援説だよな。」
「侵略応援説?」
「地球に住まなきゃ生きられないと言って来たのに、火星に行こうとしてるんだから。追われたわけじゃなく、自らの意志で壊しておいて。あと何世紀か後に、こんどは土星や、金星や、しまいにゃぁ銀河系出ちまうぞ。そして原住民と戦う。まるっきり歴史と一緒だよ。」
「人間て進歩無いからなぁ。」
「夕貴、どうすると思う?」
「さぁな。ところで、あのゲルベルトをどう思う?」
「どうって、いい奴だと思うよ。なんだよ、疑ってるのか?」
「ああ、いい人過ぎるからな。」
「いいじゃんいい人は。」
「過ぎるんだよ、垢がないって言うかな。」
 秀吾が聞き返したが威哉は黙って目を閉じた。夕貴が部屋を訪ねてきたのはそれからずいぶん後だった。その顔は少し影が落ちている。
「どうした?」
「作ったものだよ。どう思う?」
 夕貴は小さくそう訊いた。
「作ったんだろ、でも何を?」
 秀吾の答えに威哉は日向命を見た。
「やはりそう思う?」
「ああ、あのニュアンスがな。」
 夕貴は頷いた。
「バベルの塔は高く作りすぎた所為で神によって壊される。」
 夕貴の言葉に威哉はポケットを叩いた。四人は廊下に出ると、二手に別れた。
「どこ行くんですか?」
「さぁ、どこに行けるかな?」
 道が二手に別れている場所では、片方の電気は切られる。導き、あの部屋に戻そうとしているようだった。村をずっとカメラで監視していたのだ、たった四人なら造作もないだろう。
 威哉は暗がりの廊下、明るい廊下と選択を変えて進んでいく。
「それは随分と役立つ松明ですね。」
 威哉のライターを見て日向命が笑う。威哉は手の中の百円ライターを見て松明と呼ぶにはみすぼらしさに鼻で笑う。
 ぼこっと水の沸き上がる音がして威哉は立ち止まる。そこは暗い廊下で辺りは何も見えない。
 ライターを掲げて部屋の名前を見るが、読める字ではない。扉は暗証ロック製らしいが、夕貴が作った楊枝で突き刺すともろくもショートした。
「おいおい、文明よ、楊枝にやられるな。」
 そう言いながら中に入って二人は息を飲んだ。
「いけない人たちだ。残りの二人もすぐに来るよ。」
 そこにあったのは無数の試験管だ。しかも人体がその中に居る。肌の違ういくつもの人間。
「火星人か?」
「いいえ、地球人の細胞を取り込んだクローンですよ。」
「火星人口が増えての移住だろ?」
「その祝祭に際し、地球にいる原住民狩りをするんですよ。そのためのクローンです。クローンは所詮本体のコピー。細胞移植以外の用はないのだから、「兎」になったとしてもおかしくはないでしょ?」
「やっぱりお前裏があったな。」
 ゲルベルトが小さく笑いながら電気をつけた。昼のように明るくなった部屋で、ゲルベルトは無数の兵の銃口を威哉と日向命に向けていた。
「残る二人は動力庫の方に、」
「止めろ!」
「それが異常な力を持っていまして。」
「異常な力だと?」
「は、防水壁を殴り破ったり、大勢の兵を軽々と突き飛ばしたり。」
 その報告に威哉は思った。いつからあいつらはスーパーマンになったんだ? と。独学で空手をやってもそこまで上達するはずがない。まさかたぬきはいなかっただろう。
「とにかく捕まえろ、出来なければ消せ!」
 挙手をして走り去る男を見送り、威哉はゲルベルトを見上げる。
「さて、君たちの処分だが、」
「帰すと言いながら実験台にしようとしていたんだろ? 俺達の世界にも興味はあるわけだし、今のあんたらの化学があれば、向こうも占拠できるし。」
「その通りだ。都合良く、向こうは戦争だのテロだの大発生じゃないか。」
「まぁね。自慢じゃないが。」
 威哉はそう言ってポケットの中に手を忍ばせる。その足下にレーザーが飛んでくる。
「手は入れないでもらおう。武器になるとは思いもしなかったよ、そんな陳腐なものが。」
「サバイバルおたくが居るもんでね。」
 威哉はポケットから手を出し頭の後ろで手を組んだ。
「お前も、こいつらに付いてこなければまだ巫女として崇められていたものを。馬鹿な女だ。お前のようなものがどうしたら巫女だと言われるのか不思議だ。」
 日向命は俯き、服を握りしめる。
 ゲルベルトの罵倒はまだ続いていた。当分やまないだろう、それが証拠に、子供時代に侮辱した先生の悪口を言い始めた。こういう男は一通り悪口を言ってしまわなければ気が済まないのだろう。
「日向。」
 日向命が威哉を見た。
「俺が合図をしたら、その箱の横に蹲るんだ。」
「蹲る? なぜ?」
 小声で聞き返す日向命に、威哉は煙草を見せる。小さな白い紙の巻物に日向命は顔をしかめる。
「第一動力突破!」
 その声にゲルベルトの演説が止まり振り返る。すると、結構な戦闘を行っているらしい二人の姿が画面に映された。
「あんなに大きく?」
 日向命の言葉に答えることなく威哉は画面を見た。
 画面の生の秀吾は物凄かった。まるでブルース・リーの再来だ。
「良かったなぁ、アクション映画マニアで。」
 いつからだよ。と内心で突っ込みながら秀吾を見上げる。秀吾は独学のわりに動きは良かった。ワイヤーアクション真っ青の壁走りを披露し、銃を蹴り上げたり、走り抜ける姿はまるでマトリックスだ。その後を夕貴がゆっくりと歩いている。一個のカメラ、自分たちを映しているだろうと思われるカメラ前で止まると、あっかんべーと舌を出した。
 ゆっくり歩いていても、時々は襲われたらしく、顔には殴られた痕もあるし、口も切っているようで、かなり不機嫌そうだ。
 秀吾はまだブルース・リーのままだ。誰か催眠術でも施したか? と思えるほどに。
「威哉、聞こえてるよね? どうせとっ捕まってゲルベルトも側に居るでしょう。これがなんの要塞か解らないけど、やはりこの世界の『神』として、この建物は高すぎだと判断する。よって、これは崩壊されるべきだわ。」
 ゲルベルトは馬鹿にしたように笑っていたが、秀吾のアクション、夕貴の冷静に少々冷静さを欠けているように声が上擦っている。
「動力庫第二ゲート突破!」
「私が好きな数は、四。じゃぁね。」
 夕貴はそういうと走り出した。あの夕貴が走っても速いと言うことは、秀吾が言っていたとおり、ここの重力は軽くて、だから、スーパーマンなのだ。俄ブルース・リーはそのまま走っていく。多分、あの奇声は伝説となるはずだ。
 威哉は腕をまくった。ただいま十八分。袖を戻して威哉はゲルベルトを見上げる。その視線にゲルベルトが威哉に銃口を向ける。
「あいつらのもとに音声を入れろ、仲間を殺されたくなければ動くなと。」
「無理無理、夕貴様を怒らせると、俺達だって止まりゃしないな。だいたい、お嬢様で、柔道家で、剣道家で、格闘好きな夕貴を怒らせたんだ、無茶したな。」
 威哉の台詞にゲルベルトはそのほほをレーザーで掠めた。
「小僧、その口聞けなくしてやるぞ。」
「まったく、悪役の台詞ってばいっつも同じ。」
 そう言って威哉は時計に目をやり、煙草を取り出した。
「な、なんだ?」
「ところでさぁ、ここに居るクローンのガラスって、どう開けんの?」
「ははは、それは特殊合金で出来ていて例え核爆発が起きても開かないようになっている。」
「一生?」
「生命維持装置がつながっていれば百年後に目覚める。つながっていなければ、土に帰る。」
「ほぅ、考えてんだね。」
「発掘されて我々の存在に気付く馬鹿が居るからな。」
「馬鹿?」
「考古学だとか言っておきながら、我らを突き止めようとする馬鹿どもだ。」
 考古学者も馬鹿だと言われたらたまったもんじゃない。
 威哉は時計を見た。あと三十秒ほどで二十分となる。
 時計を合わせたのは二手に別れる前だった。正午に合わせようと言いだしたのは夕貴だ。やはり夕貴に従っていれば正しい。
「あ、ここって火気厳禁?」
「何?」
「いやぁ、ほらあそこ、火に×マーク。でもレーザー撃ってたよなぁ?」
「試験管上だけだ。」
「あっそ。」
 威哉は煙草を試験管のほうに投げる。ゲルベルトはその小さな白いものを笑いながらレーザーで打ち抜いた。
「日向!」
 煙草を貫通したレーザーの熱で、煙草に仕込んでいた花火が燃え、爆風が巻き起こる。それと同時に激しい地鳴りが起こった。
 威哉は日向を覆うように近くのはこの側に蹲った。
 画面では最終的に動力庫に行けず、『自棄』を起こした夕貴が近くにあった持てるものでやたら滅多壁を殴りつけている姿が見えた。ブルース・リーはその形相に壁にもたれ敵とともに非難している。
 試験管に火が回り、ケーブルがその火の所為で引火し始めた。
「早くスクリンプラーまわさねぇと、焼け付くぞ。」
「消火、消火しろ!」
 その声に紛れて威哉は日向命の手を引っ張り部屋の外に出る。
 廊下を走っていくと、ゲルベルトからの命令を受けた連中が走り寄ってきた。
「では、スーパーマン三号、なんか猿的響き。」
 威哉はとりあえずボクシングスタイルをとるが、相手は銃を放ってくる。
「銃は卑怯だぞ。銃は、」 
 そう言いながらも一人から銃を奪い取り、それを構える。しかし引き金は引けなかった。
銃を振り回し、日向命の手を引っ張り走る。偶然か、それとも虫の知らせか、夕貴たちと合流する。
「すげー顔。」
「まったく顔は女の命なのに!」
 叫びながらも夕貴は逃げる、走って走って、どこを走っているかなど見当もなく走ると、光が見えた。見えたが、そこは壁にぽっかりと穴が開いた場所で、海面から遙か上に開いていた。
「どうする、神様達?」
 ゲルベルトの嫌味に、一発殴っておけば良かったと後悔する威哉。
「飛び降りる?」
「ああ、父さん母さん先立つ不幸をお許し下さい。」
 秀吾はそう言って喉を鳴らす。そう覚悟は決めても、やはり高い場所だけにそのギリギリでさえ行く気がない。
「でも捕まって解剖されるよりは、ましかな?」
「でも、記憶消してくれるらしいし。」
 秀吾が笑って言うのを、夕貴はむっとした顔で見返す。
「冗談、冗談。」
 ゲルベルトたちが一歩近付く。しかし友好的な敵だ。撃ってくれば容易いのに。威哉はそう思いながら日向命を見下ろす。彼女はぜんぜんまったく怖がっていなかった。それどころか至って普通にゲルベルトを見返している。仲間ではないだろうが、この危機的状況のどこに安心があるというのだろうか。
 その時だった。風が舞い上がり、日向命は三人を突き飛ばした。
 四人は建物から迷わず落下していく。
「愚かな!」
 ゲルベルトの声と、夕貴と秀吾、それと威哉の奇声が風に乗る。ああ、もう岩場に激突で、脳みそぐちゃぐちゃだ。と言う寸前で、ふわっと浮き、体勢が変えられて四人は降りた。
 寝そべっている秀吾は体を起こし、威哉と夕貴は座ったまま立ちつくしている日向命を見上げた。
「日向?」
「ありがとう。お陰で勇気が出ました。」
「日向?」
 三人が同時に呼んだ瞬間、日向命は自らが発光体となり浮かび上がると、聖地の塔の周りを何度も回周した。そして威哉達の側に降り立つと、聖地の塔は大爆発を起こし、まるで糸で切った豆腐のようにばらばらに切り刻まれ海へと崩れていく。
「日向?」
「私は巫女です。予言して、でも恐くて。一人で戦うなんて出来なくて。この星の人が、移住のために殺される。そんな末裔に立ち向かってなんて言えなくて。でも、その時はいつか来る。阻止したくて。そんなとき威哉命が現れて。余所の人なら何とかしてくれるんじゃないかって。でも、あなた達はこんな境遇で一生懸命で、私の星なのに、あなた達は責任を持って送ります。それが最後の仕事ですから。」
 日向命はそう言って近くにある木の幹に手を触れる。
「俺を呼んだわけじゃないんだ。」
「最初は、どなたでも、力が強ければ、戦う強さがあれば。」
「じゃぁ、役立たずだから追い返した?」
「初めは、でも、貴方が帰ってずっと、逢いたくて、逢いたくて、変ですよね、」
「先行ってる。こんな格好だと、家に帰してくれるともっと良いけどな。」
 そう言って夕貴は幹に消えた。秀吾は日向命と握手を交わして消えた。
「もう逢えなくなるね。」
「私はこちらの人間ですから。」
「俺も、あんたに逢いたくて、逢いたくて、あんただったから、やったんだって言える。きっと、他の誰かに頼まれたとしてもやらなかった。」
「威哉命……。」
「この世界の素敵な巫女になれよ。」
 日向命は頷く。威哉は片足を幹に入れ振り返る。
「日向、好きだ。」
 そう言って日向を引き寄せ唇を重ねる。暖かさが微かにしたあと、目を開けるとそこは夕闇の中暗くなった教室だった。夕貴も秀吾の姿もない。
「日向……。」
 威哉は俯いて小さく呟いた。
 
 二月十四日。
 夕貴の頬の晴は階段から転けたという理由になっていた。秀吾はたびたび空手道場のぞきを見付かり、その罰で作ったものだと言われている。
 威哉の机の側に夕貴が座り、机にもたれるようにして秀吾が立っていた。
 教室はバレンタインで賑わいを見せ、騒々しくて、騒がしい。
「おうい、威哉お呼び出し。」
 そう言われて人が掻き分けられた入り口に立っているのは間違いなく
「日向。」
 だった。夕貴も秀吾も驚かずにくすくすと肩を震わせている。
「早くいっといで、後輩からのプレゼント。」
 威哉は夕貴に言われて近付く。
 一年のバッチを付けたその子は、震えながら入った。
「奈良 ひよりと言います。あの、良かったら、これ。」
 威哉は振り返り、ひよりの手を掴んで渡り廊下に行く。
「日向?」
 ひよりは首を傾げて顔を赤くしている。
「先輩が、浅田先輩好きなのは知ってるんですけど、ずっと、入学してから好きで、その、」
「ありがとう。付き合おうか。」
 ひよりは日向命ではない。でも生まれ変わりかも知れない。世界は平行しているから、似た遺伝子を持つだけかも知れない。でも、威哉の心に、彼女を日向命ではなく好きになるような予感が働いたのは言うまでもない。
「じゃぁ、放課後。」
 そう言って別れ教室に戻ると、夕貴と秀吾が笑っていた。
「戻ってきたとき下駄箱にいたのよ。驚いちゃった。でも完璧別人ね。」
 夕貴はそう言って笑う。
「あ、そうそうあたしからもあるのよ。」
 そう言って大小にこの箱を差し出す。大きい箱を威哉にちいさい箱を秀吾に手渡す。
「差別だ。」
 そう言いながら同時に開けて中身を出す。威哉の中身は、小さなチロルチョコ一個。秀吾には箱と同じだけのチョコ。
「どういうことだ?」
「中身があるかないかよ。それ以上は言わないから。」
 夕貴はそう言って自席に戻った。プライドの高い夕貴らしい告白だ。秀吾は夕貴の側に行きすっかり喜びを表現している。
 二月の空は低く、まだもう少し寒さが続きそうだが、でも、威哉の心はすでに春のように温かかった。
 
終わり


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