さぁ、手を伸ばして
「あきらめ」「体育館」「恐怖」「恋愛」使用


「我が名はイシューメル! この世界は我が宇宙連合軍の手にあり!」
 そう言って彼女は空にこぶしを突き上げた。
「腕はひねったほうがいい?」
 そう言って「お決まりのポーズ」をして見せる双葉に親友たちはため息を漏らす。
「どっちでも。」
「ねぇ、ふぅ、あんたさぁ。」
「あ、おっトイレに行ってくるね♪」
 双葉はすいっと立ちあがると、教室を出て行った。そのあとの言葉など重々承知だ。トイレの個室に入り双葉は壁にもたれ戸を見る。
「2Dコンプレックスのどこが悪い?」
 双葉は呟いて個室から出ると、トイレが異様に広く感じる。そういう時は決まって体育館を思い出す。そして息苦しさですぐのトイレから出てすぐの廊下にうずくまる。授業が始まって静かな廊下に助けてくれそうな足音は聞こえない。
 激しい嘔吐感が収まり、息も穏やかさを戻したころ、双葉は廊下の壁にもたれ足を投げ出し、秋空を見上げた。空は高く青く澄み渡り、時々雲が双葉の頭を撫でるように過ぎて行く。
「天高く馬肥ゆる秋、か。どっか行きたいなぁ。」
 双葉はそのまま空を見上げて居た。いまさら授業に参加しても教師は不機嫌になるだけ出し、内容もさっぱりだ。こんなことをするなら高校を辞めようかとも思うが、なんだかんだとあと半年で卒業を考えると、そういうこともできず毎日廊下に座っている。
 特に体育は出ない。理由を知っているから体育教師は無理強いをしないが成績は「1」しかくれない。
 中学のとき、双葉は体育館に閉じ込められ、台風の一晩を過ごした。いじめではなくただの事故だったが、それ以来双葉は誰も信じられず、ましてや体育館にもいけなくなってしまった。だから、体育は不参加。それがすべての気力を失わせている。そんなことは重々承知だが、それをどうすればいいのかなどを考える気も無かった。
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 日曜日。市営体育館でコスプレをした人の集いが開かれて居た。大勢のコスプレ仲間の中に双葉も居た。双葉の唯一の楽しみはコスプレだけだ。
 だが、これも、その場、その日限りの友達をえにいくだけで、その後、翌日に会ったとしても無視してしまう。なのに双葉はその場にいき、写真を撮らせてください。の声に返事することで生きていると言う実感を得ようとしていた。
「あ、クリオネ!」
 双葉がそう呼んだ黒髪の、黒いビンテージに黒いガーターベルトの少女がにこやかに振り返った。
「イシューメル! 相変わらずかっこいい!」
 クリオネと呼ばれた少女は双葉の服をほめ、同様に双葉もクリオネの服をほめた。
「そうそう、今日は友達連れてきたのよね、的場!」
 双葉は顔をしかめた。クリオネはこの日の、この場限りの友達で、そのクリオネから上っ面の友達を紹介されたくないのだ。だが、的場と呼ばれた少年はクリオネに近づいてきた。
「的場 恭平。同じクラスなの。」
「俺、帰る。」
「何言ってんのよ! 一週間弁当おごったでしょ。イシューメルと同じ百七十五センチだから。約束果たしなさいよね。」
 恭平が顔をしかめると、クリオネは別の友達のところへと向かった。恭平はその後姿を見ながらため息をつき、花壇に座る。
「いまどき、中ボーでもここまでしめてねぇっつうの。」
 といいながら詰襟のボタンを外す。
「そんなに、そんなに嫌なら帰れば?」
 双葉の言葉に恭平が顔を上げると、暫く双葉を見たあとで、
「義理深いんだな、俺って。」
 と言った。
 どこからとも無く、花壇に座り片足を乗せ、ボタンを外している恭平を「かっこいいね」と言う声に、双葉は自分も恭平に見とれて居たことに気づくと、踵を返して歩き去る。

「ばかばかしい。」
 双葉は影になっている階段に座って二リットルのペットボトルをラッパ飲みする。
「すげぇ。」
 がばっと口の端からはみ出したジュースを服の袖で拭いて双葉は振り返ると、恭平が弁当を一個差し出して立って居た。
「六百円。」
「何?」
「買ったっぽくなかったから。」
「欲しいなんていって無いわよ。」
「そういわずに、ほれ。」
「要らない、…、うそつき!」
 双葉はそのまま走り出した。走って近くのトイレに駆け込むと、その腐臭に吐き気を催し外に出る。側の木にすがり嘔吐すると、その背中を恭平がさする。
「おい、大丈夫か?」
「放っておいてよ、もう、」
 双葉はまた走り出す。もう恭平は追いかけてくる様子を見せなかったが、双葉は家まで走った。持久走ならすぐにやめてしまうくせに、今日はなんだか走って居た。
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 水曜日。あれからもう三日もたつが、恭平は双葉のことを考えて居た。お節介ねと言われてもうそつきと呼ばれることに納得がいかないのだ。しかもそのことを考えれば考えるほど、考えている自分に腹が立つのだ。
「なぁ。」
 恭平はクリオネに声をかける。
「何?」
「あの子さぁ。なんだってああも毛嫌いするんだろう。」
「あの子?」
「変装会で俺に紹介した子。」
「イシューメル? まさか、あんたあの子に興味を持ったわけ?」
「そのつもりだろ?」
「まさか! あたしは、あの子に紹介しても害が無いと思ったからよ。」
「……、お前、俺のこと好きなのか?」
「………、好きよ、」
 クリオネは黒く長い髪を肩で払った。制服を着ているとはいえその下の胸までも踊ったようだったが、恭平はそれを見たあとで、目線を空に向けて言った。
「でも、だめだな。お前ってさぁ。セックスしたあと急に女らしくなるだろ。そのくせ、する前には一人で服脱いで、おまけに男の服までも脱がすだろ?」
「…、普通はそうよ。」
「……、そうなんだろうなぁ、きっと。」
 恭平は空を仰いだまま雲の流れを眼で追った。

 双葉はその日学校をサボり市営体育館側の階段に居た。三日前ここでコスプレ会をしていたなどうそのように静かで、一人で居るにはいい場所だった。
 空は高く、双葉はその中を拭く風に髪を揺らして居た。
「どっか行きたいなぁ。」
「行くか?」  背筋がぞくっとして飛び跳ねて振り返ると、恭平が鞄を担いで立って居た。
「高校生かと思ってたのに。」
「高校生よ。」
「さぼり?」
「無駄な抵抗。」
 恭平は首を傾げたが黙って階段を下りていき、辺りを見回している。
「何してんの?」
「なんかさぁ、バッチが無いんだと。俺が来てた服にあったらしいんだけどさぁ。そんなの月よーに言えって感じ。それにたかだかバッチだぞ、すんげー剣幕で怒ってさぁ。」
「そりゃ、そうでしょうね。イシューメルのバッチなら。CD買って、抽選でもらえる限定モデル。宇宙連合のマークに銀文字でイシューメルの紋章が入ってるんだから。落とせばもう無いわね。」
 そんなバッチがどうだといわんばかりだが、それの希少価値はわかったらしく恭平はため息をついて植え込みを覗き始めた。
「一緒に、一緒に探そうか?」
 双葉は何より自分が驚いて居た。絶対にそんなことは言わないと言う言葉が口から出たのだから。恭平はゆっくり顔を上げ、にこやかに笑った。
「ありがとう。」
 その笑顔から逃げるように植え込みを探す。一時間したら帰ろう。用があるといえばいい。そんなことを思いながら双葉は植え込みをてで掻き分ける。
 昼をすぎ、学生が帰る時間が来たらしく、声が通り過ぎるころ、恭平は双葉に近づいてきた。
「なかったな。悪かったな、探させて。」
 その言葉から逃げるように顔をそらしたグレーチングの下に光るものを見つける。
「あった!」
 二人はグレーチングを上げ、そしてバッチを拾い上げると、二人は笑い合った。
「はじめて笑った。」
 恭平に言われて双葉の笑顔が固まったが、なぜだか口は別に動いた。
「ほんと、久しぶりに笑ったよ。」
「なぁ、明日も来るか?」
 双葉は首を振り、「明日は体育無いからガッコー行く。」
「じゃぁ、土曜、朝九時、全財産をもってこいよ。」
「何で?」
「どっか行きたいんだろ?」<BR> 「何であんたと?」
「朝九時だぞ、全財産。」
「ちょっと待って、行くなんていってない。」
「じゃぁな、土曜日。」
 恭平は走り去った。双葉はため息をつき走り去る恭平の背中を見送った。
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 土曜日、九時五分前だったが恭平はすでに来て居た。
 二人は駅へと向かった。駅は土曜日というだけあって、家族連れが目立ち、行楽地へ向かう人たちとは逆な電車に二人は乗り込んだ。
「どこ行く気?」
「さぁ、まぁ気になった場所で。」
 恭平はそう言って車窓から外を見て居た。
「何で誘ったのよ。」
「何できたのさ。」
「誘ったからでしょ。」
「来ると思ったから。」
 双葉は恭平の返事らしからぬ言葉に黙ってしまった。
 二人は海の駅で下車した。夕日に照らされた海はすでに海水浴シーズンをすぎ、サーファーしか居なかった。
「でも、こんだけ暑いと、まだ泳げるよね。」
 二人は砂浜に降りる。降りて砂をかき集めだす。
「砂の山って嫌い。すぐ崩れるもん。」
「そりゃ一人なら、面倒だけど、二人ならたいしたこと無いんじゃないのか?」
 双葉は恭平へと顔を向ける。恭平は砂をかき集めそしてそれを高く積んでいく。その姿に双葉の心にじりじりとする妙な気持ちが湧き上がる。
「何よ! 何したいのよ! 一体、何してんのよ! 一生懸命にやったって、どうせ、崩れるじゃない。何よ! 大っきらい! 一生懸命も、仲良しも。嘘ばっかりじゃない。でも、本当は、……、寂しいよぅ。」
 双葉は全屈し額を砂につけて涙を流した。張り裂けそうなほどの言葉があふれ、それを押さえようと手が口に近づいたけど、言葉はするりとその指の隙間からこぼれて出てしまった。
「言えるじゃないか。なんだよ、お前にうそつきって言われて、ずっと気になってたんだぞ。」
「うそつきは、」
 うそつきは自分だと認めることができた双葉はまた涙を流した。温かい涙が頬を伝っていくのを感じる。

 双葉と恭平は砂浜で膝を抱えていた。夕日はあと沈むばかりになっている。
「中学の頃、体育館に閉じ込められたことがあったのね、台風が近づいてきていて、誰も気づかないで、一晩そこに居たの。やっと開いた扉の向こうに居た先生たちは、迷惑被った顔をしていて、友達も、出てきてすぐ、安堵から吐き戻した私に近づかなくなったの。思春期で、そういうものに潔癖になる時期ってあるじゃない。そういうものとちょうど重なったみたい。それでも、私は体育館から出れて嬉しかった。でも、戸を閉めた友達は謝らなかった。謝ったからトラウマが消えるとは思わないけど、でも、またしめられそうで、もう体育館には行けないのよね。だから自然と体育が嫌いになって。」
 双葉は側の砂を掴み、上からぱらぱらと落とす。
「それから、なんか、一生懸命とか、がんばろうとかって言うことができなくなってきて、どうせしても一緒だし、そう、なんか体育館に閉じ込められるんだ。って思うようになってね。あはは、興味ないね。」
「いや、」
「うそよ、こんな話聞きたくないよね。ひどい話だもの」
「ああ。」
 双葉の唇が真一文に結ばれようとする。そんな双葉の手を恭平が握る。
「俺じゃだめか? 友達第一号。寂しいんだろ?」
 恭平の言葉に双葉が首を傾げる。
「でも、私、だよ?」
「いいか、悪いかで決めろ。気持ちいいか、悪いかで。」
「何を?」
 そう言った双葉の唇をすくうように、恭平は唇を近づけた。そして一秒足らずで離れると、お互い目はあったままだ。
「気持ちいいか? 悪いか?」
 恭平の言葉に双葉はしばらくして失笑し、お腹を抱えて笑い出した。
「そんなの、わかんないよ。たった、一回じゃぁ。」
 双葉はまだ俯いたままだがもう笑ってなかった。そして顔を上げると、今まで以上の笑顔だった。
「じゃぁ、もう一回?」
「スケベ。」
 二人は笑い合った。
「ホテル、泊まるか?」
「ホテル?」
 恭平が指差す場所を振り返ると、毒々しいホテルの看板があった。双葉が顔をしかめると、恭平は首をすくめた。
「でも、怪しくない?」
「あんなもんでしょ。」
「行ったことあるの?」
「あんなもんでしょ。」
「行ったんだぁ。誰とは聞かないでおこう。それより、あんな場所まで来てするのかな?」
「そうだろうな。」
「家ではしないのかな?」
「配偶者とか、親とか居るからな。」
「……、なるほど。詳しい。」
「そんなもんでしょう。」
 恭平の言葉に双葉は噴出す。
「いいよ、行っても。」
 双葉の言葉に恭平は頭をがしがしっと掴み、立ち上がった。
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 二人は最終便で市営体育館まで帰ってきた。
「また土曜日でかけよう。」
「お金無いっす。」
「は? 誰だ、お前。」
 双葉はくすくす笑う。
「とりあえずまた土曜日。」
「待てるかな?」
「待てるだろ、今までそんなこと無かったわけだし。」
「だって、キョーヘーを知ったんだよ。一週間は辛いかな。」
 双葉は笑い、恭平に顔を近づける。先ほどは意識をしなかったお互いの匂いや、柔らかさや、暖かさがゆっくりとはなれる。
「じゃぁね。」
「ああ。」
 双葉は手を振り歩き出す。双葉は胸に手を当てながら微笑む。別れを惜しむ胸のちくちくが心地よく、土曜日にまた逢える喜びでいっぱいなのだ。
「双葉。」
 双葉が立ち止まり体育館の入り口を見れば、一週間前のイシューメルの姿をした双葉がこっちを見ている。
「バイバイ。」
 双葉がそういうと、イシューメルは微笑み消えていった。
Fin

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