間違い

「必ず、お前を守ってみせるからな。」
 そういって、田村 光はこの世から姿を消した。享年十七歳だった。あっけなく逝った近所のお兄ちゃんの思い出は、彼女・坂ノ上 鈴鹿に異常なまでに印象を与えてしまった。 常々変わっている人だった。人一倍強い正義心と、不思議な物に対する好奇心は、多分、鈴鹿の知っている限りの人間の中では、絶対的に一番を誇るほどだったと言える。
 その近所のお兄ちゃんが死んで、今日で十年が過ぎ、鈴鹿は彼が死去した歳になっていた。近所に住む子供が、鈴鹿と光と幼なじみの貴理子だけだったから、三人は本当に仲が良かった。だから、強烈なのだろうと思っていたが、どうも、それだけでは無さそうだ。つまり、鈴鹿にとっての初恋の人であったのだから。
 鈴鹿は制服を着たまま、街が一望できる丘公園に来ていた。見晴らしが良く、春の空らしく霞んでいるような青がまたよかった。
 鈴鹿は背伸びをして制服のスカートをふわっと浮かせるように反転させると、そこに見たことのない僧侶が托鉢皿を掲げて立っていた。
「のわ!」
 鈴鹿が驚いて一歩足を後退ると、僧侶は鐘を鳴らして読経し始める。
「ごめんなさい。お小遣いピンチで。」
 鈴鹿はそういって走り抜けると、学校へと向かった。
 県立の高校はすでに桜が満開で、午前中入学式が住んだ学校には、懐かしい顔に混じって、まだいる新しい顔が混じっていた。
「スズ!」
 鈴鹿が振り返ると同じクラスの清原 貴理子が手を振って近付いてきた。彼女にはたまに嫌な気配が漂う。どこがどうという変わりはないのだが、何故だかたまに嫌な気分を感じたりする。しかし、今日はそれは感じられない。
「あのね、これ買ったの。」
 そういって貴理子が掲げたのは一個の水晶だった。それが本物の水晶で、不純物がなければ相当な値がするだろうが、よく叩き売りで売っている不純物だらけのくせに、ストーンパワーだとか言っている奴だ。しかし、おかしな事がある。
「綺麗でしょ。この紫が気に入ったのよね。」
「紫?」
 鈴鹿にはそれは血を思い描くほどの赤で、しかもその水晶の中でどくどくしく揺らめき、波打ち、ところによれば沸騰しているような泡を吹き出さしている。
「紫?」
 鈴鹿がもう一度聞き返すと、貴理子は笑って「そうよ、何色に見える? 青? 赤?」
 貴理子が「赤?」と訊いたとき、鈴鹿にあの嫌な気配が襲ってきた。貴理子の顔を見れば、笑顔にぶれるようにして、まるで般若の面があるかのように見える。

「いや、紫って言うか、青に近いなぁ。と。でも、そうだね、光の具合だわ、そう、こっちから見れば影じゃない、だから青に見えるんだよ。光だ、光。」
 鈴鹿が言うと、貴理子は顔をしかめ、頭を押さえた。
「どうしたの?」
「わかんない。でも、なんか、苦しい。」
 貴理子は鈴鹿に倒れかかった。ちょうど通りかかった男子と一緒に運ぶ。
「ごめん、なさい。」
「いいえ。どうかしたんですかね? 日射病というには、まだ暑くないけど。」
 彼はそう笑いながらも、保健室まで貴理子に肩を貸して運んでくれた。
 全校生徒は体育館へというアナウンスがあったが、保健婦は居ない。貴理子が男子の服を握りしめている以上、鈴鹿と彼はそこに居ざるを得なくなってしまった。
「体育館に探しに行ってくるね。」
 五分ほどして、居場所が悪くなった鈴鹿がそういって立ち上がり、保健室の戸に手を掛けた瞬間、保険室内に電気のような、いや、感覚的には静電気が走ったような、バッチッと言うものだが、その光は壁を這い、鈴鹿が立っていた真上の電気を粉々に割った。
 しかし、鈴鹿は男子生徒によって助かったが、男子生徒は鈴鹿をしっかりと抱きしめたまま、まだ居る。
「あの?」
 電気が割れたショックから立ち直り、現状には不必要な抱擁に鈴鹿が男子に訊くと、彼は軽く声を立てて笑いながら放れた。
「大嫌イ。オ前ナンカ、居ナクナレ。」
 鈴鹿が貴理子の方を見る。
 貴理子はベットに起き上がり、目を見開いているが眼に生気はなく、しかし、その球の紅さは尋常でない物を想像させた。
「なに? 貴理子?」
「すっかりやられちまったかぁ。」
 鈴鹿は隣りに立って、先程まで軽く笑い声を立てていたはずの男子を見上げた。彼は鈴鹿の方を見下ろして首を傾げて笑顔を作った。
「なに?」
「あれですか? そう、厄介な拾いもののお陰で、目覚めなくてもいい血が目覚めた結果。かな。」
「なに?」
 彼は口の端だけを上げて微笑み、ポケットから数珠を取りだした。随分と長い数珠で、かなりくたびれた感じを受ける。そして彼は口の中でこごもるようにお経を読んだ。
「なに?」
 鈴鹿は先程からこればかりしか言ってない。と思いつつも、再び訊くと、暫くのお経の後、貴理子から凄い声が上がった。
 怒号とでも言うような、耳をつんざくような野太くて、耳障りの悪い声だ。鈴鹿は耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。
「うぬれぇ。」
 貴理子の声ではすでにない気がしたが、でも貴理子の口から音は聞こえる。そして暫くすると、貴理子の身体からなにやら霧のような、霞のような、もやのような、実体がないくせに、目には見える煙のようなものが現れた。そして、それが貴理子と、空とを行き来している。
「な、何なの?」
「あれば、呼ばざる客ってとこだな。あれを彼女から取り出さないと、彼女の身体が今度は乗っ取られる。」
「そんなのイヤ!」
 鈴鹿が叫ぶ。しかし、現状どうしようもないではないか。耳を塞いでいる手を通り越してでも、その怒号は聞こえる。そして、貴理子とそのもやのお陰で、保健室中に普通では考えれない大気流が存在しているのだ。それに、鈴鹿にそんな物をどうにか出来るような力など無い。
 貴理子の先程の瞬間が目に浮かんできた。鈴鹿の言葉に気分を悪くした。何を言った?何を言ったら、徐々に顔色を悪くした。
「光。」
 一際大声でもやが呻いた。
「光。光。光!」
 鈴鹿は馬鹿のようにそれを繰り返した。するともやは何度目かにすべてが出てきた。そして空中を漂い、しっかり鈴鹿を見据えて浮いている。貴理子はベットでぐったりと横になっている。
「おのれ、おのれ、おのれ! 裏切り者。裏切り者! 鬼を裏切った、鈴鹿御前!」
「は? 何?」
 もやは鈴鹿目掛けて飛んできた。鈴鹿は両手で頭を多い、無意味な抵抗だと知りつつも身体を丸くした。
 凄い風が鈴鹿を取り巻くように前から吹いてきたが、風だけだった。そして風も静まり、音もなくなり、いつもの午後の音に戻って、鈴鹿が顔を上げると、彼が長い錫杖を横にして立っていた。
 制服が切れ切れになり、ぼろぼろで、所々黒煙が細く上がっている。
「な、どう言うこと?」
「鬼女を鎮めた。」
上段・間違い
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