披狩李
 鈴鹿と麻智は学校中が大騒ぎとなり、新学期そうそう家に帰される混雑の中、鈴鹿の家に向かった。
「何で、あたしの家なのよ!」
「私は修行身。軒先に寝泊まりさえさせていただければそれで。」
 鈴鹿が怪しげな目線を麻智に向けるが、一向に涼しい顔をするだけだった。
 鈴鹿の家は閑静な住宅街の中にあり、この辺りでは平均的な大きさの家だった。
 玄関に入りとを閉めた途端、麻智は錫杖をどこからか取り出し、本当にどこに隠してあるのか、とにかく背丈以上の錫杖を表せると、それを地面に突いた。
 六つの輪が互いにぶつかり協和音を響かせたあと、奥から鈴鹿の母親が出てきた。
「お帰り、どうだった? スズ、麻智君を案内してあげた? あら、でも少し帰りが早いわね?」
「なんだか、保健室から火の手が上がったとかで。」
「そう。」
 母親は麻智の学生鞄を持って中に並んで入っていった。居間には、今日は朝から腰がいたくで病院に行く婆ちゃんを送るために、父親が休みを取って新聞を広げて座っていた。
「で、どうだった? 学校は。」
「さぁ。これから通い続けないことには、何とも。」
「そうだね、いやぁ、麻智君は頭がいい。スズと違って。」
 両親がべた褒めするから、鈴鹿は面白くなく二階に上がっていく。二階に上がって普通なら何度とかしていたはずの奥の間に、麻智君のお部屋というプレートが掛けてあった。これは、麻智があの錫杖で作ったにせよ、あの母親なら、作りそうなものではあった。
「超能力って、魔法?」
 鈴鹿は自分の部屋に入る。その後を麻智も入ってきて戸を閉めた。
「じゃないよ。そう思いこませる、記憶の差し替えという呪法さ。都合いいことだけを刷り込ませるときにも使う。とりあえず、お前が俺の家に行くまで、俺はお前のそばを離れるわけには行かない。もし、離れでもすれば、あの騒ぎのあとだ、お前の側に鬼が集ってくる。まだ触発されても、微力しかでないお前が、暴走すれば、まだいいさ。力を蓄えるために喰われ無いとも限らない。どちらにせよ、ここに被害が及ぶ前に、お前は出た方がいいだろうな。」
 鈴鹿がベットに座ると、麻智は窓辺に立った。
「そんときも、その杖を使うの?」
「錫杖と言え、錫杖と。」
「その錫杖とやらを使うの?」
「そうだ。八瀬に伝わる由緒正しき錫杖だからな。」
「家って、どこ?」
「京都だ。」
「きょ、京都?」
「鬼なんて者は、古里を離れないんだ。京都は昔から鬼に狙われ続けた場所だから、鬼の数も半端じゃない。」
「由緒正しき錫杖を持って、あんたは出てきても大丈夫なわけ?」
「婆様が居る。」
「あんたよりも力は上で、錫杖など入らないってか。で、私は行ってどうするの?」
「どちらに化けるか。善鬼か悪鬼か。悪鬼ならばすぐに討たなきゃ災いをもたらす。」
 いきなり、『殺す』という文字を突きつけられて、平気でいられるほど、鈴鹿の心臓は強くはない。しかし、麻智が話すことを自然と理解し、納得し、じゅうぶん把握し、出て行くことが最善で、悪鬼になれば滅びる覚悟さえも出来ているところがないわけではなかった。
「行くなら、早いほうがいいよね?」
「遅かれ、早かれ行くならな。」
 鈴鹿は麻智をじっと見てから、「じゃぁ、貴理子の運命の人を教えて、少しだけ、助けになってあげたいから。」
 麻智は首筋を掻いてため息を付き、あの長い錫杖を取り出すと、立てたままで、その輪が微かに鳴るくらいの動きで輪を描いた。すると、その錫杖の、あの六連の連影にクラスの男子が映った。
「しかし、運命は今起こせば切れると出ている。ただ、切り開くには単純に、黄色と西北を意識せよと言えばいいだろう。」
「何よ、それ。」
「種明かしは簡単だ。この男が好きな色が黄色。家が、彼女の家より西北にあるというだけだ。」
 麻智は錫杖をすっと消してため息をついた。
「そういう力でも疲れるの?」
「そういう力だから疲れるんだよ。無駄な力だ。」
 鈴鹿は首をすくめて携帯を取りだした。そして貴理子の携帯に電話する。
「あ、貴理子? あのね、占いの本でさぁ、貴理子の捜したんだよ。そしたらさ、黄色に、そう、黄色。それと西北。そんでね、MとRだって。そうなのよ。え? 学校? 行ってたじゃん、保健室が何かぼやが出て、そうそう、緊急に帰ったでしょ。貴理子気分が悪いって朝から言ってたから、覚えてない? そう、じゃぁ、今日は寝なよ。そうだ、あたしね、明日から親戚の家にちょっと用があるんだ。それがさぁ、法事らしいんだけど、すんごーい山奥で、飛行機で行って、電車で行って、バスに乗り換えて、歩いても二日もかかるんだって。え? そう。親はさ、婆ちゃんの世話と、何か重役会議があるらしくってだめで、そうそう、で、私が代わりに。さぁ、それが、何でも、一週間ぐらいかかる法事らしくってさ。そうなんだよ。法事だよ? って感じだよね。うん、そう、今日決まってさ。一応今から先生のとこには電話入れるけど。そう、うん。でもお土産は期待しないで、ろくな産物無いほどの田舎らしいから。うん。じゃぁね。」
 鈴鹿は電話を切ってため息をこぼす。我ながらよく出る嘘だと感心する。
「舌を引っこ抜かれるだけじゃすまないな。」
「そういうのって、物語なんじゃないの?」
 麻智は舌をぺろっと出して再び錫杖を出した。よく見ていたが、どう見ていても、手首をくるっと廻したなら錫杖が現れているので、どこにどう隠していたのかなどさっぱり解らない。見えていないときはあれはどこにあるのだろうか。そんな不思議そうな顔をしている鈴鹿の前で麻智は錫杖を二度床に叩いた。
「スズ? スズ?」
 下から母親が大声で呼ぶ。
「はい?」
 鈴鹿は部屋を出ていき降りていった。
 母親は、急遽田舎の法事に出てくれと告げ、旅費と地図を手渡した。鈴鹿が言った嘘の通り、飛行機に、電車にバスにで行かなきゃいけない道程が細かに書かれていた。
「旅費って、多くない?」
「往復二人分だもの。」
「二人?」
「麻智君の分よ。」
「あ、なるほど。」
 鈴鹿は納得しながら、その大金を持って二階に上がる。
 二階に上がって、床に落ちているブラジャーを目にする。しかもそれはまっすぐ麻智の部屋に向かって落ちている。
「ちょっと?」
 鈴鹿が麻智の部屋の戸を開けると、座禅を組んで瞑想に耽っている麻智が居る。
「何のようだ、修行の邪魔だ。」
「その修行僧が、こういう物を持っていては邪念でしょ!」
 鈴鹿は麻智の鞄やポケットから自分のブラジャーを引っ張り出す。
「ったく!」
 勢いよく戸を閉めて鈴鹿は部屋に戻った。麻智は舌打ちをして残念がってみせる。
上段・披狩李
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