「我が名は、東雲 椿(しののめ つばき)、訳ありで、お前を昇天(しょうてん)させる!」
 椿はそう言うとぬんちゃくの変形の刀を取り出した。鋭そうな刃の柄には、鍔(つば)はなく、ただ白い布が巻かれており、それは伸縮自在の布質のもので繋がっている。椿はこの剣を【生霊剣(せいれいけん)】と呼んでいる。
 椿は空中に飛び上がると、目の前の異形な形にそれを振り下ろした。
 異形なもの、それは五つの目を持つ緑色の物体で、椿はこれを「邪成る者」略して「邪魔物」と呼んでいる。
 椿の刃は到底その大きな物体を切り裂くほど長くない。しかし、椿が振り下ろすと、邪魔物は真っ二つに切り倒れ、砂のようにささっと風に消えた。
 椿はそれを見届けて背伸びをする。
 真夜中に呼び出されることほど、面倒はない。どちらにせよ、こんな夜中にパジャマで、ぬんちゃくを振り回している中学生など、危ない奴だ。椿はぬんちゃくを背中に背負い、家へと一目さんで走り帰る。
 不思議なことだが、椿の背中にあるときには、生霊剣(せいれいけん)は誰の目にも見えない。椿が手にして、椿が決め台詞を言わなければ、誰の目にも見えない。ただ、邪魔物には見えているようだが、実際椿も、手にしなければ見えないのだから、不思議な物だ。
 椿の家は小高い丘の上にあり、家に行くのに死の階段(百四十四段で、椿が命名した)を上らなくては行けない。
 椿の家は古くは平安(起源は定かではないが多分、その頃)時代から伝わる邪心者、邪魔物の正当称呼だ。それを浄化させたり、退治することを生業にしている家で、椿はそこの百と三十五代目という役付けだ。兄と姉が居るが、二人に椿のような力はない。椿だけが、その力を受け継いだのだ。
 家に帰ると、早速井戸から水を汲む。からからと滑車が鳴り、桶を上げると、それに手を浸す。
「やけに遅かったな。」
 顔を上げれば椿の呼称で「ばばあ」が立っていた。ばばあは父方の正式な祖母で、椿の除霊術の師匠でもある。
「ちょっと手こずっただけ。」
「手こずる? そんなに奴は大物だったか?」
「悪趣味だね、見てたんなら、助けろってんだ。」
 椿はそう言い捨てて家に上がる。
「お前はまだまだじゃのう。」
 何がまだまだだ、お前よりは腕も術も上だ。椿はそう言い捨てそうになって口を閉じる。
 椿の大きな黒目の目が闇月に光る。短くして梳いた髪は黒々としている。今時の子では遙かにないが、それでもばばあの古臭さには付いていけない。
 親兄弟とは別居を取っているのも、修行のためだ。椿はそのまま部屋に上がる。
 部屋には敷かれた布団と、飛び起きた後の解る乱れた掛け布団。椿はそれを手にして布団に横になる。
「さぁ、寝よう、寝よう。」
 椿はそう言った途端眠った。
 除霊などと言う家業を選択の余地無く行わされている椿にとって、真夜中の仕事はざらで、おかげで何処でも、すぐに眠ることが出来る特異体質になっていた。

 翌朝。椿は制服に着替え、セーラー服ならまだ可愛かっただろうが、ブレザーの、しかもタイトスカートのこの制服では、スカートまで見下ろさなければ、椿は男の子に見間違われるだろう、ほど、口が悪い。
「おはよう、椿。」
 椿が見上げると、椿よりも十pは高いクラスメイトの桜崎 志保里(さくらさき しおり)が立っていた。志保里の身長は現在では平均的な百六十。椿は百五十五。と本人は言っているが、それほどもないと思う。
「おはよう。」
 椿が生欠伸をして答える。志保里のつまらないテレビや、なんかの話に付き合いながら校門をくぐると、大勢の生徒がその場に立ち止まっていた。円陣を組む形で取り囲まれているものを椿も背伸びして覗くが、結局背の低さで見えない。
「何?」
「犬の死体。」
「そんなの珍しくないじゃん。」
 椿が答えると、その輪が解かれ、椿の前に道ができ、その中心にいる【犬の死体】が見えた。それは、「犬か?」と疑いたくなるような、切断され、腰に頭、背中に前足二本、落ちた後ろ足は多分、脇にでも付いていたのだろう。
 この科学が発展した世の中であっても、あれほど見事に切断された犬の死骸をくっつけれる接着剤など無いはずだ。
「朝から縁起がいいねぇ。」
 椿はそう言って教室に向かう。志保里が口を押さえ蒼白した顔で椿の後に付いていく。 クラス中が沈む中、椿だけは至っていつもと変わらず教室に座っていた。一時間目の中頃に来て、警察がやってきて、死骸は撤去された。
 接着剤でくっつくのかなぁ。そう言いたそうだが、そのためには、あれを思いださなければならない。だから、誰も口を開かない。
 椿は頬杖を付き、教室を見渡した。みんながげんなりしている中で、一人だけほくそ笑んでいる影を持つ者が居る。それは見た目では普通にしているが、椿のように力のある者から見れば、やはり、【笑っている】。
 休み時間。椿はそのものの後を付けていく。彼の名前は橋渡 誠(はしわたり まこと)。一時期は学年一の秀才だったが、どこかのクラスの転校生があっさりと抜いたときから、彼は連続二位に居る。秀才で、気が弱く、いかにもいじめられっこだが、そうならないのは、彼の目の奥の陰湿な光だ。「何か、呪われそう。」の言葉通り、彼の言動そのほかは呪文めいている節がある。
 その誠が、今は使われなくなった旧校舎に入った。
「おや、おや。どうしてまた。」
 崩落決壊の恐れ有りの旧校舎には、取り壊し業者が次の連休を待って取り壊すことになっている。そんな場所に何のようだ?「って、あそこで黒魔術か?」椿は一人で答えて誠が歩いた二階廊下を見上げる。
 椿はその場を動かなかった。と言うより、椿がこの校舎に入れば、誠を巻き添えにして校舎は崩れる結界が張られている。これは誠が張ったものではなく、誠に魔術を教えた者、つまり、【邪魔物】の仕業と思って良かった。しかも低俗な、俗に言う、幽霊の類に値する邪魔物だ。
 椿はそれが貼ったと見られる学級広告のポスターを見る。その下に、結界術を書いた札があるに違いなかった。
「まったく、何やってんだか。」
 椿が見上げている目の前で、誠は黒い影に取り込まれている様相を見せた。
「おいおい、何してんだよ、取り込まれちまったじゃないか。」
 椿は言葉の内容とは裏腹に、間の抜けた声を出した。
「霊媒師か!」
 椿を見つけた誠は超音波のような奇声を窓越しに出す。
 「あ?」椿が言い捨てて見上げる。
 誠は完全に黒い影を背負ってしまった。それは生き邪魔物となった証拠であり、椿のように、霊体化した者の除霊を得意とするのもにとっては厄介な物に化けてしまった。運良く誠と影を引き離せても、邪魔物に取られた良くも悪くも精魂は全て消え失せ、誠はやる気のない、為す術(なすすべ)のない、ただ存在するだけの物になる。
 そうして邪魔物はより実体化に近付き、より行動範囲を広め、その目的である、全ての暗黒化へと躍進する。それを防ぐのが、有名どころでは山の坊主や、どこかの寺の住職や、巫女、神主などに及ぶ、除霊、霊媒能力者達だ。
「いっとくが、俺は霊媒師じゃなくて、除霊師だ。」
 椿がそう言うと、誠はガラスをぶち破って椿の前に、ほんの十pだけ浮き降りた。
「どうせ浮くんなら、もっと高く浮いてろ。」
 椿の言葉に誠は奇声を発し、どっから取り寄せたのか、低俗な邪魔物の種族が持つ【腐乱剣(ふらんけん)】を椿に突きだした。
「お前、体育苦手だろう?」
 椿は誠の攻撃をするりとかわすと、大欠伸をする。それに誠は逆上したようで、背中の影が逆立った。
「あんま怒るなよ、じゃねぇと、そいつから引き剥がしたとき、お前はもぬけの空だ。」
 椿の言葉を振り切るように、誠は椿に襲いかかる。だが、二人に体力と、武術に差が相当あるようで、誠は息を切らせて倒れた。その瞬間、邪魔物は誠から影を引き離して浮かんだ。
「良かった、良かった、勝手に離れてくれて。」
 椿はそう言うと、背中に両手を持っていき、前に翳すと、あの生霊剣(せいれいけん)を十字にしていた。
「?」何処に隠してた?
「ばぁか、女にゃぁ、武器を隠せる穴があるんだよ。」椿はそう言うと「我が名は、東雲 椿、訳ありで、お前を昇天させる!」椿は飛び上がり、影に刃を向けた。
 影は首(辺り)で椿の刃を止めた。
「クック。残念だったな。」
 毒々しい胸を突くような息を吐いてそう言った影に椿は「どうかな? 火炎(かえん)!」と刃同志をこすると、刃の火花が急な火に代わり、影の顔(辺り)に吹き付け、影はその火に驚き、おののき、のたうち回って、椿がその頭上に翳した生霊剣(せいれいけん)によって、砂のようにことごとく消えた。
「まったく、(成績が)二番で上等じゃねぇか。俺なんか、百位にもかかりゃしねぇや。」
 椿はそう言い捨てると誠を残して教室に戻る。
 誠はあれから学校には通ってきているが、相変わらず暗い。昔ほど呪いじみた様子はないが、誰も声をかけない。
「暗いからだよ。」
 誠が一人で体育館裏で弁当を食べていた。誠は慌てて胸を叩き、詰まらせたものを排除すると、声がした方を振り返り、椿だと知ると、恐れおののくようにして後退る。
「あのなぁ。俺は、霊が相手なの。」
 誠はあのさなか椿と影の戦いを見ていた。口封じに殺される! と言う顔の誠の前に座り、椿は腕を組んで目を閉じる。
「ね、寝るんすか?」
「悪いかよ。教室じゃぁ、煩くて、臭くて(香水がな)だから、出てきたんだよ。文句あるのかよ。」
「い、いいえ。」
 誠は弁当箱に蓋をする。椿の話では、微かに生活行動意欲を残して影は離れたから、学校に来ているし、食べ物を口にしているが、本来なら、精も根も尽き果てているらしかった。
「で、何処で拾った。あんな厄介な物。」
 椿は目を閉じて聞いている。誠はおかしくなった前兆を遡り話し始める。
「多分、錦織くん(転校生)がやってきて、一番を取った三日ぐらいしてからだったと思います。塾からの帰り道、公園を通りまして、その公園て、狭いんだけど、結構、その、イヤらしいことする人が多くて、」
「そんな物でストレス発散してるから憑かれんだよ。」
 誠はしゅんと首をすくめ、椿の促しに続ける。
「いつもと同じように木陰から見てたら、何か、手元に当たって、そしたら、それ、何かすごく綺麗な玉でね、七色というか、」
「ほぅ、邪玉(じゃぎょく)か。」
「邪玉?」
「いいから、お前は続けろ。」
「は、ハイ! それでそれを家に持って帰って、そのまま寝たら、何か、朝から気分良くて、」
「これからはそんな物拾うな。面倒だからな。」
 誠は頷く。椿は立ち上がり、そのまま立ち去った。
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