あれから一ヶ月、邪魔物は西陣の活躍もあり、邪魔物の数は激減し、その都度西陣とは会話をするが、姿を一度も見せなかった。
 研修旅行の出発を明日に控え、椿は家の前に立ち、街を見渡した。
「椿?」ばばあが茶碗を手にして出てきた。
「我が名の下に、我が生地に結界を!」
「危ない気でもあるのかい?」
「結局は結界を破るんだ。それそうなりの危険はあるだろうよ。」


椿達は京都へと向かった。電車に乗り込み三時間程度、京都に着いた。
「妙だな。」ほくそ笑む。
「何が?」志保里が椿を見下ろす。
 椿は口に手を当ててほくそ笑んだまま「京都と聞いて瞬間、街自体に漬け物の匂いがする。」
「そんなわけ無いでしょ。」
 椿は笑って、荷物の入っているリュックを背負い直す。
 ホテルに着くと、早速、他客の迷惑を顧みず、彼らはロビーで集会を始める。風呂の時間や、これからの行動などについての説明を受けた後で、解散を言い渡される。
 早速自由行動になるため、生徒は慌てて部屋に帰る。
 椿はロビーのテレビを見上げる。
「連続放火現場です。古くからある職人街の木造建築を昨日までにすでに十軒が全焼、三十が半焼をしています。」
 テレビから流れてきた何気ない言葉に、椿は顔を上げてそこで一瞬息を引き込んだ。 画面に映っている野次馬の中に、実体化した邪魔物が居る。人には見えないが、人型をした邪魔物。それは、その物の邪心が強いことを示している。平安貴族が着ていたらしい狩衣(かりぎぬ)姿の邪魔物。
「どうかした?」
「あ? 放火なんて物騒だなと思ってさ。」
「ああ、連続放火魔でしょ。何か、この界隈らしいよ。」
「ほぅ。」
 椿は画面から目を離さなかった。ニュースは次の話題に映っていたが、椿は画面に残像となっている気がする、先程の邪魔物の姿をまだ見ていた。
「で、どこ行く?」
「何処って?」
「自由行動じゃない、どっか行こうよ。」
「いや、悪い、今日は止めておくよ。」
「具合でも悪いの。」
「そんなとこだ。」
 志保里は納得したように、椿を一人残して同室者と出かけた。
 

 椿は持ってきていた、少ない式神(しきがみ)、普通の人には式神(しきがみ)は一つしかない。だが、椿のような能力者は少なくても、二、三は居る。式神(しきがみ)使いともなれば、何十、否、多ければ多いだけその実力につながる。
 椿の持っている式神(しきがみ)は、万が一の時用だ、命に何かあるとき、ばばあに知らせるとき、結界を見張る物。その種類しか持っていない。
「参ったな、これなら、もっと、捕まえときゃ良かった。」
 と言って捕まえれるものではない。式神(しきがみ)などは、霊魂の上昇と、気迫の成長と、力の限界において発出される魂の実体で、まぁ、細かなことは抜きにしても、それを要用に捕まえるなど、無理なのだ。
 椿は一人でホテルを出た。出てすぐにこの街全部を覆う邪魔物の気配に顔をしかめる。京都駅に着いたときには、感じなかった気配だ。
「どう言うことだ? 西陣の結界の目が大きいのか?」
 結界は編み目のような物だ。大きくなればなるだけ、小物がこの世界に入り込み、覆い尽くす。
 椿は先程の映像を思いだす。実体化した邪魔物、それがそこら辺を徘徊しているというのなら、それは、結界の穴の大きさと、結界の強度と言うことに問題が生じている証拠だ。
「西陣も、東になんぞ来る前に、どうにかしてろよな。」
 椿は呟きながら歩いていると、先程の映像の男が一軒の家の前に立っていた。
「何をしてる!」
 咄嗟に叫んだ椿に、男は椿の方を見る。男は普通の物には実体を見られていない。だが、椿ははっきりと自分を見ている。そして手には普通の人には見えないが、押さえ込むための縄を握っている。
「霊媒師か!」
 超音波のような声を出すと、男は右手を払った。その手から放たれた火矢が一瞬逃げ遅れた椿の左腕をかすめる。痛みに顔をしかめる。
 男が逃げるのを、椿が走り追う。
「戯れたことを!」
 椿は右手で押さえていた腕に力を込めて、そう言うと背中から生霊剣(せいれいけん)を出し、十字に翳すと「我が名は、東雲 椿、お前を除霊する!」と叫ぶ。
 男の背中に椿の歯から出た発光が押し辺り、花火のように一瞬で消えた。
「何なんだ、この町は。」

 椿は上を見る。見えた山の頂上だけが晴れている。
「あ、すみません。」
 そこをたまたま通ったお兄さんに声をかける。
「あの山、なんて山です?」
「あれ? あれは、常楽山、常楽寺って言う寺があるんですよ。」
「そうですか、ここをまっすぐですね。」
「ええ、まっすぐ行って、堀があるから、それに添って右に行けば登り口だよ。」
「そりゃご親切にどうも。」
 椿は山の頂上を見たまま礼を言うと、そのまま山に向かった。
 確かにあの兄ちゃんの言う通り堀があった。右手に曲がり、まっすぐ上がると、最近立てたような立て札があった。【常楽寺登り口。】
「おいおい、うちより高くないか? この階段。」
 ずらっと伸びた階段。椿は呆れながら昇る。昇るに連れて京都の町が一望できると、東の町よりも見事にガスって居た。
 椿は上を見て昇る。頂上に着くと、黒塗りの寺が現れた。ただし人の気配はしない。椿が辺りを見ると、なるほど桜の木があり、かなりの老木で、そこの結界能力は凄い。
「西陣の言っていたのは、この木か?」
 今は桜の時期を過ぎ、老木は木だけで立っていたが、花や葉があるときのようにさわさわと揺れる。
「返事をしたのか。で、俺はどうすればいいんだ?」
 椿は桜の老木に両手を添える。眩しい光は放たれ目を咄嗟に閉じると、目眩に似た感触と、宙に浮く感じが同時に身体を襲い、身体が空く。それが止まったときの重荷。ずしっと来た感じで、椿は地面を踏みしめた。
 目をゆっくりと開けると、老木は花を咲かせていた。
「おいおい、若返って、無い……か?」

(2/2)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送