真夏の捜し物


 達端 みかげ。中学三年の夏休み。
 その日もうだるように暑くって、死ぬような思いで、みかげは学校にやってきていた。
 学校では、数学の補習が始まっていて、みかげは暇つぶしに受けていた。
 そんなある日。みかげはふと廊下の外、すぐした辺りで妙な音がしているのに気付いた。窓は全開に開いていて、外の蝉のけたたましさは丸ぎこえだった。
 みかげは蝉でもなく、なっているものが何なのか窓に近付き外を見る。
 炎天下の中、みかげと同じ年の、私服を着た少年が、グレーチングの下を引っ掻き回しているのだ。
 何を捜しているのだろう? と思ったが、声をかけるよりも、彼のその奮闘ぶりを眺めている方が楽しくて、別に、普通に引っ掻き回しているだけだ。おかしなところはないが、そう言う点で、みかげはそう言う他愛もなく、変なものをおかしがる性質から、それがかなり面白く映ったらしく、みかげは黙ってそれを見続けていた。
 柔らかそうな髪の毛、伏し目だから長く見えるまつげ、長い足を窮屈に折り畳んだ格好、時々舌打ちするだけで、彼はそこを動かなかった。彼の側には自転車が主の作業終了を待っている。
 多分、自転車の鍵を落としたんだ。
 そう予想が付いたが、相変わらずみかげは黙ってそれを見ていた。

 一時間ほどが経って、みかげは彼に近付いた。
 先生が追い出したというのもあるが、まぁ、あのまま居ても、飽きそうだったので。
「何捜してんの?」
 みかげは彼の隣りに座り、薄く水の貼ったグレーチングの下を見た。
「自転車の鍵? これ、上げて捜せば?」
 みかげの言葉に彼は、【なるほど】という顔をしながら、それを悟られまいとグレーチングを持ち上げ、また溝を探った。
 鍵は五分ほどして見つかった。すっかり泥まみれの鍵を彼が水で洗う。
「また無くすといけないでしょ、これ、あげる。」
 みかげはお気に入りで集めていた【バイク】グッツのキーホルダーを差し出した。
 黒い金属板にバイク乗りと、それが受けている風をイメージする緑の線。その線に「mikage」としるしてあるが、そんなことかまわなかった。
 彼は少しだけ頭を下げてそれを受け取った。
 彼は二学期から転校生としてやって来た。松浦 和矩。すっとした背に、童顔だが、考えていることが大人な彼は、みかげを見つけてはそれを目で追っていた。
 隣のクラスで、一人で鼻歌を歌っては、ぼうっとしているみかげを見ていると、不思議と心が和むのだ。
 和矩は礼を言う切っ掛けを捜していた。
 たった一言「この前はありがとう」が言い出せなかった。
 すれ違うたびに、向こうから声がかかるのを待っていたのだが、みかげは声を掛けては来なかった。
 みかげの特異体質1。
 記憶力要領かなり小さい。
 あまり記憶というものを持ち合わせていない。それどころか無いのではないか? と思うくらい全くない。一本道で迷子になれるのだから、その得意を十分知れるだろう。
 みかげに和矩の記憶はない。でも、あの日のことは覚えている。バイクのキーホルダーを渡せるほど、みかげは彼を気に入っていた。でもそれが和矩であるとは、【記憶】されていないのだ。
 卒業間近になって、和矩は意を決してみかげに近付こうとするが、どうも、何故だか、側に寄れないのだ。
 手を伸ばせば、きっと触れられて、声だって掛けられるのに。
 あと、一週間もすればまた、親の仕事の都合で引っ越さなきゃいけない心境が、彼に勇気を与えなかったのだ。
 そして、卒業式を迎えた。




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