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 イギリス便の乗客はまばらだった。機内でも空席が在ったくらいだから、彼女の後からくる人の数は知れている。
 彼女たちの横を忙しそうに移動するのは、そのまま国内移動を余儀なくされたパックツアーの乗客たちだろう。せかせかと歩き去っていく。
 その団体が過ぎ、一頻りの静寂が二人に戻って、彼女はゆっくりと口を開いた。
「とりあえずは元気よ。ただ、機内食の不味い事。あんなものをよこして法外な値段をつけるなんて。喧嘩でもしてやろうかと思ったけど、まぁ、何と無く止めて正解だったわ。いいもの見つけたから。」
 彼女はそう言って税関から出てきた男のほうを見た。
 その横を何人ものの人が過ぎていくが、誰一人として、その男のことを見ていなかった。
 彼女の視線を手繰るように彼もまた、彼女の言った[面白い人物]を見た。
 別に変わった様子は無い。不精髭が疎らで、少し前屈みで、少しおどおどしているが、田舎から出てきたものだと思えば、天井やら、横の看板を見ている点でも、それが始めての土地への不安からだと思う。だから、さして彼にはその人物の可笑しい点など見つからなかったのだ。
 彼が彼女を覗き込もうとするのを、彼女が右手を上げてその手を振って「面白い人物」のほうに振った。彼は犬か、子供のようにその指示に従って[面白い人物]を見る。
「あの上着、今の時期にしては可笑しいと思わない? 」
 彼女がそう言うが、彼には田舎ものと言う観察結果が出ている以上、それに疑う点は無いから、「田舎の人は時々変な格好をしてくるよ。まだ寒いって言うのに、春らしいものを着て来るからね。」
 男の横を新婚旅行から帰って来たと解る一組のカップルが過ぎる。
「確かに、テレビの影響だと言えるね。なんせ、今のテレビは、暦の上で春だと言えば、いきなり、まだ寒いうちから薄着をして映っているから、田舎物は寒くないんだと思う。だが、あれはどうだい? こんな陽気で、あの上着? 」
 冬用の上着をきつく抱きしめるように左手で胸の辺りを押さえている。右手は上着の下から中に突っ込んでいる。
「北の方から来たら話は別だと思うよ。昨日雪が降ったってニュースで言ってたから。」

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