ダイヤモンドの街角

 この時期は、特に―一年を通して降水率が低いが―最も少ない時期、春のパリに、栗栖 愛梨は居た。春。とは言っても、フランスの春は至極にまだ寒い。真夏でさえ、二十℃に達しないのだから、その寒さは容易に想像できると思われる。
 愛梨はフランスに[その足跡]を尋ねに来たのだ。
 恋と似た、愛しい人と思わせる[ブラック・ピース]の足跡だ。先月、オランジュリー美術館の仕事を最後にフランスを旅立ったと言われているブラック・ピースの、仕事の経緯を見ようと来たのだ。丁度、春休みでもあったし、イギリスから、海峡をくぐる地下鉄に乗れば、半日でパリに辿り着く。イギリスも寒かったが、こちらも負けず劣らずまだ寒い。
 パリに着くとまず宿を探すために、空を見上げていた。観光シーズンは年中あれど、まだ空室があるらしく、見晴らしを見るために外に出てきてない窓の多い[ホテル・ブランシェ]に入る。フランス風に言うなら[オテル・ブランシュェ]。
 受付の男は少女の一人旅を快くは思わなかった。しかし[客]は[客]。あくまでも愛梨は[客]なのだ。
 部屋は八階の六号室。目の前の窓からはシャンゼリゼ通りが微かに、ひと区間見える程度で、そう大した景観を望める場所ではなかった。
 愛梨は早速荷物を小物にまとめて外に出た。
 まず、ブラック・ピースがフランスに来て[仕事]をした場所。それが、シテ・
ジャルダンにある一軒の屋敷だった。
 そこには屋敷のわりに老婆一人が住み、しかも、その代物―座る婦人の絵―は一度取られ、戻された所為で、老婆に破格の仕事料が舞いこんだ。
 その絵のモデルは老婆その人で、若い時にモデルをした時の記念に手元に残しておいた絵だそうだ。
 愛梨はその場所に向かうため地図を広げて居た。TGVで行くか、それとも地下鉄を乗り継ぐか思案している所へ、一人の男が近付いてきた。
 いかにも怪しげな男だ。口髭は不精がたたり剃らなくなった様で、それほどそれに愛着も無いが、剃る気も無いらしい。着ているコートは、くすんだ黄土色をしていて年期が入っている。
「どこに行くの? 大丈夫? 」

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