クリスマス当日。 一面白銀の世界になった校庭の中を走り回る生徒。笑い声があふれかえる廊下。 レディー・アンはこの日のためように火曜日のあしながおじさんから送られた白いドレスを着て廊下に出た。 「ハッピィクリスマス!」 その声が飛び交う中、レディー・アンはギルバート先生を捜した。さっそくドレスを見てもらいたかったのだ。その後で、校長先生にも。と思い捜していた。 「レディー・アン!」 振り向くとアトスが立っていた。白いタキシードが妙に不格好に見えたが、彼は以外とまじめな顔をして立っていた。 「くす、素敵よ。」 「その笑い気になるなぁ。」 レディー・アンは口元を押さえる。 「そうそう、ハロウィンでは声をかけれなくって、そのまま旅行に行っていたから。」 「そのようね、今度はどこに行っていたの?」 「タリアだよ。」 「タリアに? 情勢は……。」 「悪かった。そうとしか言えないよ。」 アトスは俯いてから、すっと顔を上げて微笑んだ。 「そう、そのハロウィンでは可愛い魔女の姿だったね。でも首元が淋しかったよね。スカーフとか巻いていればよかったのに。」 「巻いていたわ。でも……。校長先生も?」 「ええ、しっくりこないと言っていましたよ。」 「そ、そう。ごめんなさい、急用を思い出したの。」 レディー・アンは部屋に戻った。 確かに、確かに火曜日のあしながおじさんは「あなたのスカーフがよく似合っていた。」と書いていたはずだ。すごくなんだか不思議に引っかかる手紙だから、よく覚えている。 レディー・アンは部屋に入ると机の中から手紙を出した。確かにそこには、「あなたのスカーフはとてもチャーミングでした。」と書かれていた。 「おじさまは校長先生ではない? では誰? スカーフを知っているのは、私がスカーフを渡した……。K to Rって、カレンからロバートへ? じゃぁ、ギルバート先生はお父さんなの?」 「レディー・アン?」 廊下からレイチェルが声を掛けてくる。 「何?」 「ギルが捜していたわ。池に来て欲しいって。あんな物騒で不気味な場所行かない方がいいわよ。」 「ありがとう。」 レディー・アンは震える体を抱き締めるように床に座った。今レイチェルにこの事を言うべきではない。言ったところでどうなるわけではないのだ。 レディー・アンは顔を上げて池の方へと出て行った。 冬の日はすぐに陰り、すっかり薄暗くなってしまった。 レディー・アンは木のドームを潜った。冬だから葉が一枚もなくいつもは幻想的で心地居場所も今日は妙に薄暗すぎて居心地悪かった。 「レディー・アン。」 「ギル、聞いて、ギルバート先生が私のお父さんだったの。」 「誰からそれを?」 「火曜日のあしながおじさま。私はそう呼んでいた人が居たの。校長先生だと思っていたわ。校長先生が吸う葉巻の匂いがしてたから。でも、どうも、違うの。私の衣装にスカーフがあることを知っている人は、そのスカーフを手にしているギルバート先生だけなの。」 「ああ、彼は君の父親だよ。そしてもう長くない。」 「どう言うこと?」 「病気だそうだ。」 「そんな……。」 レディー・アンは口元に手を持っていった。自然と涙が流れてくる。今まで待っていたい父親がギルバート先生だった真実と、ギルバート先生に対して持っていたはずの好意は、知らずに父親に対する好意だったとは、思いも寄らなかったのである。 「私……。」 「先生はここに来るよ。」 「ギルも居てくれる?」 「いや、俺は行かなきゃ行けない場所があるから。」 「どこ?」 大袈裟な言い回しにレディー・アンの中で嫌な予感が広がった。 「政府がイツァ人を捕虜しているのは知ってるだろ? 俺も行く。いや捕虜としてじゃなく、徴兵だ。銃の変わりに楽器を持っていく。兵士達への慰安楽団員だ。」 「そんな! そんな事って。」 「大したことじゃないさ。音楽をすることには変わりない。」 「でも。」 「ギルバート先生が来る頃だ。じゃぁ。元気で。」 「ギル!」 「最後に、握手してくれるかい?」 ギーゼルベルトの差し出す手をレディー・アンは握れなかった。ただ見つめていると、ギーゼルベルトはその手を引っ込めて池から立ち去った。 レディー・アンは静寂の中ギルバート先生を待った。どれほど待ったのか、数分だったのだろうが、永遠ほど待っている気がした。 そしてギルバート先生は姿を見せた。 「お父さん。」 ギルバート先生はあらかじめギーゼルベルトにでも聞いていたのか、さほど驚かずにレディー・アンに近付いた。 「すまない。」 「いいの。お母さんだって、そう言うわ。」 「ああ、カレンは優しいから、絶対に私を責めないだろうね。」 「なぜ、今まで黙っていたの?」 「私はタリア政府から逃げてきたのだよ。N.Yに移住して、タリアにツアーをしに行ったときだった。反政府派だとか、スパイだとか言われて、炭坑で強制労働をさせられた。命からがらで逃げ出し、ビクトリエンス卿に助けてもらってここにやってきた。しかし、タリアの連中は私を追ってきた。今お前たちのもとに帰れば、お前達がどうなるだろう。私を捕まえるまでお前達は生きている。だから出ていけなかった。そしてここに来たお前を見て、私はすごく嬉しかった。カレンとそっくりなのだから。」 「なぜ、今?」 「もう、長くない。肺に穴が開いたまま生きてはいけないからね。」 レディー・アンは涙を流した。 「泣かないで、私が悪かったから。」 「いいえ、違うわ。泣いているのは、逢えたからじゃないの。嬉しいの。嬉しいのだけど、ギルがね、ギルが、徴兵に借り出されたの。」 「なんだって!」 「音楽隊だと言っていたわ。でも、それって、前線に武器を持たずに出て行くことでしょ? ああ、神様はあまりにも酷いことをなさるわ。」 「レディー・アン、それは違う。酷いことをしているのは、人間だよ。神様じゃない。大丈夫。ギルはきっと必ず帰ってくる。そう、いいことを教えてあげよう。私の名乗っていたギルバートは、ギーゼルベルトの英語読みなんだ。知ってるね?」 「ええ、知ってるわ。」 「ギーゼルベルトから借りたんだ。私たち親子はよほど彼に縁があると思うよ。」 「でも、もう彼は居ないわ。さようならの握手を求められたけど、出来なかった。」 ギルバート先生はレディー・アンを抱き締めた。 しんしんと雪が降ってきた。レディー・アンが寮に戻ると、ギーゼルベルトが荷物を持って一人ひっそり出て行く姿が見えた。 「追いかけるなら、今よ。レディー・アン。」 レディー・アンはそう言いながら、窓に額をつけて泣くだけだった。 |
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