ワカンタンカ〜総てを知るもの〜
１ ホットドックとコーラーと
有田 湊は学校の食堂の前に居た。背が低いほうではないし、順番を守っていたのに、
「ちょっと、聞いてる？ ねぇ、ちょっと、ホットドックを、ねぇ。ちょっと！」
湊が何を言おうとも、学食バイトの生徒はまったく聞く耳を持っていない。しかも、後方から女生徒の波が押し寄せ、一人の男子生徒が湊の隣に立った。
「ちょっと、聞いてる、ホットドックだってばぁ。」
湊は背中を引っ張られる感覚を受け横を見れば、----確か、何ぞやの美少年コンテストで優勝した、笹田 彬人だ。-----湊がすぐに学食のほうを見れば、バイトの生徒はすっかり彬人のほうを見ている。
「ホットドック、二つと、コーラー二つ。」
バイトはにこやかに微笑み、ホットドック三つに、コーラーのラージサイズを二つ用意した。
「二つだけど、」
「いいんです。お金も。」
バイトの微笑に湊は彬人を見上げる。彬人はホットドックとコーラーを掴むと、湊のほうにそれを差し出す。
「金、要らないって。」
「は？」
無言で差し出すものを、湊はお金をカウンターに叩きつけ彬人から受け取る。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
湊はそれを持つと、すぐに走り去る。
あのまま居ては、身が持たない。非難の目が向けられている以上、とにかく遠くに行くことが先決だ。湊は外へと飛び出し、見晴らしのいい場所に座った。
「いい気もちだぁ。」
湊はホットドックの包みを開ける。一口かじったとき、「運良く」といって構わないほど、サッカーボールが湊に飛んできて、思わずホットドックを投げてよけてしまった。瞬間ぐしゃっとつぶれるホットドックがスローで見え、白と黒のいまいましいボールが通り過ぎていく。
どさ。湊が横倒れにたると同時にボールも落下。ケチャップの匂いが土にまみれてしまった。
「大丈夫か？」
サッカーをしていた男子が顔を覗き、湊は頷いて起き上がる。
「ああ、ケチャップでべとべとだ。」
「ごめん。」
湊の陳謝など聞かず、男子たちはボールを持って走っていき、水道でじゃばじゃば洗っている。
「結局、コーラーだけだぁ。ううう、消しゴム代がぁ。」
湊はストローをかじって上目遣いで空を見た。その視界に近づいてくる彬人の姿が見える。
「ここ良くないよ。ボール飛んでくるから。」
湊の言葉など無視して彬人は湊の隣に座り、ホットドックをひとつ差し出す。
「いいよ。もう、お金ないし。」
「貸し。」
「いや、もっと結構。それに、食べる気削がれちゃったしさぁ。」
湊はひざを抱え俯いた。
「睨まれるんだよね。」
「のようだな。」
「知っててやってるんだ。」
「そんなことでめげるような玉じゃないだろ？」
「まぁ。……、めげて欲しい？ もしかして新手のいじめ？」
「楽しいか？」
「違うのか。性格的にそうかと思った。」
湊は顔を上げ彬人にいたずらっぽく笑って、サッカーを開始した男子たちを見下ろした。
「教室帰るの、鬱だなぁ。」
湊の小言に彬人はひっくり返り足を組んだ。
「それで、何？」
「別に。」
「別に、ねぇ。」
湊はコーラーの最後を音を出して吸い上げ、ストローを加えたまま彬人のほうを見る。
「何かないと、あたしのそばに来ないでしょうが？」
ストローをかんでいるので、語尾が強い。ストローから一滴しずくが地面に落ちた。
「っきたねぇなぁ。」
湊は無粋にストローを口からはずし、コップに差し入れ、嫌そうな顔をしている彬人を見る。
「女に振られたね？」
「振られたわけじゃねぇよ。」
「振ったわけでもないんでしょ？」
「別に好きなやつができたんだと。」
「ご愁傷さま。」
湊はそう言って頭を下げ、サッカーのほうへと目を向ける。
「何週間だ？」
「六日だったかな？ そんなこと言ってた。」
「六日……。飽きられやすいのねぇ。人気はあるのに。」
「そんなもの、あてになんねぇよ。基準は顔だろ？」
「言い切ったねぇ。自ら顔がいいと、ん？」
「それ以外どこが票につながるよ。」
湊は軽く笑い、空を仰いだ。
「一組の鈴木さんに、三組の田中さん。三年の森岡さんに、一年の藤田さんと、佐々木さん。で、同じクラスの山田さんかぁ。なかなか美人ぞろいなのに。」
「所詮、顔じゃぁないんだろ。」
湊は呆れて首を振る。
「なぁんか、授業受ける気にならんなぁ。やっぱ、風邪かな？」
「馬鹿はひかねぇって。」
「いやいや、馬鹿にしかうつらん風邪だよ。帰ろうっと。アキはどうする？」
「あ……、俺も帰る。」
湊は先に立ち上がり、校舎に向かった。
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