登山

 二つの人間の影が、岩肌の山を登っていた。ハイキングや、ピクニックといった格好ではあるが、そういう人が、あえて転んで、滑って、落ちでもすればいっかんの終わりのような、こんな岩肌を好んでは行かないだろう。
 うっすらと苔が張り付き乾燥した緑の大岩を、その急斜面の肌に飾っている山は、一歩間違えば道に迷い、冥府に迷い込むとされる山で、麓にある村人でさえ、入り込まない場所に、二人はすでに足を踏み入れて一時間経っていた。
 二つのうち一人は、托鉢中の僧侶服を着ている。黒い僧服に、袈裟が掛けてあり、身の丈以上の長い錫杖を持ち、丸笠を被っている。
 かたや、もう一人は少女のようだ、ジーンズに、赤いチェックのシャツ、リュックを背負い、息を荒くしながら、僧侶のあとをついて行っている。しかも、ようやくのような状態だ。
「まず、鬼とは、最初に二つに分かれる。自然から生まれる自然鬼と、人が死んだあと生まれる家鬼だ。そして更に、自然鬼は、自然に作られる、言い返せば自然を司る善鬼・自然鬼と、何らかの形で邪心が巣くってしまった、妖邪とに別れる。妖邪は、物に対する思い入れや、執着が奴らを生み、そのほとんどが、物を抽象する形で現れる。人形などがそうだ。これは一般的に妖怪と呼ばれるものがそれにあたる場合が多い。」
「妖怪? 砂かけ婆とか言うの?」
「また、マニアックな言葉だ。でも、まぁ、そういうものだな。」
 僧侶は息など乱れずに続ける後ろで、彼女の声は掠れて、へとへとといった風に訊いている。
「今度は、家鬼だ。家鬼とは、主体が人間だから、それなりの言葉になってしまうのだが、まず、怨念、執念などの念で生まれた鬼は、『瘟鬼おんき』といい人を不幸にしたがるんだ。連れというか、同志に、瘧鬼ぎゃくきいうのが居て、一緒の疫病をばらまく。一応、人間の姿をしていても、かなり独特な異臭を放っているから解るはずだ。次が、『邪鬼じゃき』。自らの命を絶ち、未練がましく鬼になったものだ。死亡時によって名前が変わる。そして最後が、生きながらにして鬼となる、生き霊と呼ばれる。最後に、『憎魔ぞうま』は人間の憎しみ、恨み、妬みが物体化したものだ。根本の形は、人が描く悪魔や鬼といった形が多い。」
「憎魔に、邪鬼ね。」
「下っ端はいちいち覚えんでもいいぞ。」
「解ってる。」
 彼女が大岩をよじ登ろうと手を伸ばす。僧侶はその岩よりも更に三つは上の岩に飛び乗っていた。
「ちょっと、手伝ってよ。」
 そもそも、彼女が何故、この怪しげな場所に来て、そして僧侶が何者なのか。それを語らねば、これから先の話も解らぬだろう。
 そもそもは、過ぎてすでに一週間ほどが経つ。つまり一週間前だった。

上段・間違い
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