3 「女運、男運、ラーメン運」

突き動かされる衝動。悪事に染まりつつある手を拭うものは、死という代償。
このすべてをかけて僕は望む。あなたたちに永久なる幸せを……。


Synchronize−同時に起こるの意。
 例えば、気になったものを意識すれば、それが今どこで何をしているのかが解る力。例外なく、それが今起こしている行動、言動においてすべて同じ事を体感する。
 例えば、死者との同調。一般に憑依と記されるその行為は、全てシンクロされているだけなのだ。
 そしてこれは、そんな能力を持った少女の物語である。

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3 「女運、男運、ラーメン運」

 単純に考えればわかることだった。そう、彼は非常に惚れっぽく、そのため幾度となく女にだまされかけてきた。ただ、相当な被害にならなかったのは、強運の持ち主だということだけだったはずだ。
 人生に必要な経験とか、勉強を、女ごとに限って、彼はそれがまったく生かされないのだ。
 彼、有瀬 史孝あるせ ふみたかは目の前に座っている少女の冷ややかな目に、かなり不機嫌な顔をしていた。
「どうせ、どうせ。」
 と自棄に呟くと、虚しさと、悲しさがあふれ、涙がにじんでくる。
「どうよ!」
 と入ってきたひげ面の小汚い親父。史孝と少女は彼をチラッと見たが、何の返事もせず、少女にいたっては黙って部屋を出て行く。親父は史孝の顔を見て、先ほど持って帰ってきた紙袋から、チョコボーを取り出し差し出す。
「女か?」
 親父に図星を突かれ、史孝は肩を落とし俯く。
「僕って、そんなに女の人にだまされてますかね?」
 親父はカレンダーを見ながら指を折っていたが、それが片手で終わらなくなると、軽く笑って、紙袋の中身を机に並べ始めた。
 彼の机にはいまどき珍しい黒電話と、書類ケース入れ、後は手紙の束があるだけだった。そして彼の背後には大きな窓があり、そこからこの部屋を示す文字の入った看板が見える。【御靱みつるぎ探偵事務所】怪しげな事務所内には主の御劔 雅文がもんの大きな事務机に、応接セットがあるばかりで、本棚はまったくの飾りだ。中身などないから、絵でないかと思えるほどだ。
「それで、今回はどんな?」
「鈴川さんですよ、刑事の、鈴川 忍さん。」
 雅文は一瞬天井を仰ぎ、そして馬鹿にしたように笑って史孝を見た。
「なのかもそう笑ってましたけど、なんかあるんすか?」
 先ほど部屋を出て行った少女の名前がなのか。七梨 なのかななし なのか。記憶喪失らしく一切過去を持たず、素性の知れない少女だ。見た目は十五、六歳だが、二十歳にも、四十、五十にも思えるときもある。まったく持って不確定物体だ。
 雅文はなのかがでて行った戸を見つめながら、「忍は、結婚してるからなぁ。」と呟いた。
「け、結婚?」
「ええ。してるわよ。」
 その声はまさに忍だった。警視庁特別捜査課課長。女豹と呼ばれる忍は、あごで切りそろえた髪に、すっきりとした美人で、事務所に入ってきた。彼女の後ろから、配属替えで忍の部下となった、緑山 達也が居たが、彼も忍が既婚者である話しに驚いていた。
「どう?」
「まぁ、ぼちぼちとやってますよ。」
 雅文の返事に忍は机の上の手紙を見ながら呆れ口調で言った。
「相変わらず適当ね。よく食べていけるわ。」
「スポンサーが居るのでね。それで、今日は? うちの大事な調査員を失恋に追い込んだ女王サマ。」
 忍は史孝を振り返ったが、さして詫びている風もなく、胸ポケットから手紙と写真を取り出した。
「おお、忍様の生暖かさが。」
 雅文はそう言って頬にあてがったが、忍の冷徹な視線に首をすくめ写真を見たあと、それを机に置き、手紙を読み始めた。
 内容は以下の通りである-----

 前略、以前親切にしていただきました杉村です。鈴川様にはお変わりないことと思います。あの事件以来ですから、すでに三年が過ぎ、連絡やお礼状も出さなかったというのに、突然で申し訳なく思います。(以後しばらく情景、近況報告などの説明が入るので中略)
 突然の手紙を差し上げたのは、不可解なことが起きるからでございます。
 不可解といえばそれまでで、どうお話していいものか解らないというのが現状で、この手紙の意味することが多分、鈴川様に半分ほども伝わらないと思います。
 私たち夫婦は確かに真言宗の敬謙な信者ではありますが、だからといって、霊の存在を肯定も否定もしてはおりません。
 ですが、ご先祖が見守っているという点では、居ると信じていると申すのでしょうか、ただ、やはりそこは人。目に見えてこそ信じるといった言葉が出てくるのであって、二ヶ月前まではそそう思っていました。
 それが二ヶ月ほど前、息子の月命日を済ませた後からでした。息子の部屋で物音がすることがことの始まりで、風呂に入っている音、電話の請求額の多さ。一時期はよそ者が入り込んでいると思って警察を呼んで捜査もしていただきましたが、人が居た痕跡、足跡や、指紋など、私たち夫婦に、息子のもの以外は出てこないのです。
 そしておかしなことに、その息子の指紋が、つい最近のものというのです。ですが、息子は三年前、鈴川さんが捜査責任者となった事件で死亡しております。
 死亡を認めにくい私たちに、DNA鑑定をしてくださいましたし、それはそれは親切にしてくださいました。
 息子の霊なのであるならば、それはそれで結構なのです。ただ、それが三年もたった今頃出てくるというのは、やはりおかしなことではないでしょうか? 妻は息子の影にうれしさとともに恐怖を覚えています。寝れない夜はありませぬ。息子が居るという感じが安心につながっておりますから、しかしながら、なぜ今頃なのか、もし成仏できていなければ、このままでは苦しいのではないか。
 鈴川さんのような刑事さんに頼むのは変なことですが、以前お会いしたあのお嬢さんの連絡先を知らない以上、鈴川さんに連絡していただこうと思い、一筆記した次第です。
 どうぞ、この不可解な事件を解決してください。-----

 雅文は読み終えると写真を救い上げた。幸せそうに写っている親子の写真。結構遅くにできた子供らしく、年老いた両親の間に立つ、享年二十五歳の青年。杉村 猛が笑顔で映っている。
「お前はどう思う?」
「死にきれない霊の仕業。……。といえばいい?」
 雅文は忍を上目遣いで見たあとで、声の限りを張り上げなのかを呼んだ。
 しばらくして、なのかはラーメンどんぶりを両手で持って部屋に入ってきた。事務所の一階はラーメン屋「ぽーの店」だ。
 なのかは入ってすぐに嫌そうな顔で雅文の手紙を凝視した。
「ほぅらな。」
 雅文はそう言って忍を見た。忍はなのかからどんぶりを取り上げると、雅文のそばに行くようにあごを動かした。
 なのかは嫌そうな顔を露骨にしめし机のそばに行く。そしてその写真を見下してすぐ窓のほうへと顔を向けた。
「どう、解る?」
「来てるよ、雅文の後ろ。」
 雅文は首をすくめ、いやそうな顔でなのかを見た。
「じいさんとばあさん、危ないって。」
「杉村さんの身に何かあるの?」
「そうじゃないの?」
 なのかはそういうと忍からどんぶりを引っ手繰り、ソファーに座って食べ始めた。
「行ってくれる?」
「どうせ割引だろ?」
「あら、女王様の命令が聞けないわけ?」
「ふみ、こういう女は好きにならないほうがいいぞ。」
 史孝は振り返った忍から目をそらして、「もう、懲りましたよ。」とつぶやいた。


 史孝は、なのかと雅文と一緒に杉村が住むという村に来ていた。長閑な山岳地帯で、田植えのために水が張られ、きらきらと辺りが眩しかった。人懐こそうな笑顔を浮かべている村人に教えられ、杉村の家を訪ねたのは、忍から依頼を受けた翌日の昼過ぎだった。
「ようこそ。」
 そう言って婦人はしわだらけの手にお茶を出してくれた。今日は日和よく、穏やかな所為で、冷たいものが欲しい。そう思っていたため、出された麦茶を史孝と雅文は一気に飲み干した。
 その同じ机に、婦人はなのか用にラーメンを置いてくれた。
「すみませんね。」
 雅文がそういうと、婦人は素敵な笑顔で首を振って、 「いいえ、なのかちゃんがラーメン好きだって言ってたの、忘れられなくて。」
 なのかは何も言わずにラーメンをすすり始めた。その音の中、雅文は手紙を机に置いた。
「まだ、しますか?」
「ええ、」  婦人が杉村氏のほうを見ると、杉村氏はため息交じりで話し始めた。
「昨日は、なんだか様子が違ってましてね、なんだかずっと歩き回ってて、まるで、死ぬ直前いらいらしていて、毎夜歩き回っていたころとおんなじように。だから、私らは寝れずに、電気をつけて。なんだか心配で。」
「番犬。」
 なのかはそう言ってラーメンをすする。雅文は見える庭先を見たが、犬など飼っていない。そこで天井を見上げる。

 夕方。辺りが茜に染まるころ、異変は始まった。
 確かに二階から物音が聞こえ、それが歩き回る音に変わる。
 史孝はなのかを見たが、なのかはテレビを見入ったまま動きもしない。その史孝に雅文がビールを手渡す。
「危険はねぇよ。ただ、その後だ。気を抜くな。」
 そう言って雅文はそれをあおり、史孝も口をつけた。
 二階の足音は収まることなく続き、ときどき地団太を踏みしめるように非常に大きく打ったりしている。そうかと思うと、窓際まで行き、しばらく静かになってそしてまた歩き回っている。まるで、何かに怯えているような行動に、史孝が立ち上がった。
 すでに九時を回っていた。窓に近づく史孝を制したのは、以外にもなのかだった。それを見た雅文が杉村夫婦を見る。
「失礼ですが、息子さんはいつ亡くなりましたか?」
「今頃の時期です。」
「一人で?」
「電話が入って、出てくると。そしてそのまま。」
「じゃぁ、どこでというのは?」
「警察では、どこかで殺されたあと運ばれたと。」
「息子さんの仕事は?」
「コンピューターの、プログラムとか、何とか。」
「なのか、」
 雅文がなのかを振り返ったときにはすでになのかは畳の上に倒れていた。雅文は豆球電気に切り替え、起こそうとする史孝や、婦人を制して見守っていると、なのかの体が起き上がり、小さな声で呟き始め、部屋を歩き回る。その動きは、天井の足音と同じである。
「来る、来る。やつら、絶対に、ここが解って、来る。」
 その声はなのかの声ではない。婦人と杉村氏はお互い顔を見合わせ亡き息子の名前を呼ぶ。
「誰が来るんだ?」
 雅文の声になのかは雅文を睨む。それも亡き息子の行動だろう。彼はしばらく雅文を見ていたが、体を抱きしめるように蹲ると、声を震わせて絞るように呟いた。
「やつらだ。俺を、俺を殺したやつらだ。」
 雅文は腕を組み、しばらくして携帯でメールを送ると、静かに息子にむけて言った。
「大丈夫だ。もう、お前が居なくてもいいようにするから。」
 そういわれると息子は雅文を見つめ、そして両親を見て涙を流した。
「親孝行、できなくて、ごめん。」
 両親は首を振り、息子はなのかの体を震え上がらせて消えた。二階の足音はやみ、天井からも気配が消えた。両親は頭を下げると、雅文が険しい顔をして史孝を見た。
「なんだか、すんげーことに巻き込まれるぞ。覚悟しろよ。」
「すごいこと? なんです?」
「さぁな。見当もつかん。とりあえず、お前はなのかと、杉村さんとここに居ろ、動くな。いっさいだ。解ったら頷け。」
「雅文さんは?」
 部屋を出て行こうとする雅文が部屋を振り返ったとき、なのかが気づいて起き上がった。
「心配は要らんさ。そう、殺人罪で捕まりたくねぇだろうからさ。」
 史孝が眉をひそめたが雅文はふすまを閉めた。閉められ、空気が一定に戻ると、両親は史孝を見た。
「心配ない。忍、来るから。」
 なのかはそう言ってひざを抱いた。

 どのくらい時間が過ぎたのだろう。時計を見上げた瞬間、どことなく轟音がして、男の呻く声がした。
「銃?」
 史孝のかすれた小声が部屋を包み、両親と史孝は蒼白した顔でお互いの顔を見合わせた。そしてなのかを見れば、寝起きの顔を上げふすまをじっと見つめた。
 走る音。部屋の前の廊下を走り去る音がして、階段を駆け上がっていく。そのあとを複数の足音が追いかけ二階に上がる。
 オレンジの薄暗い中、両親と史孝は足音のする二階を見上げた。争っているような音。怒声と、何かを床に叩きつけている音。その連続に、婦人は耳を多い、杉村氏に抱きしめられた。
「忍。来た。」
 なのかが言ったあと、警察のサイレンがものすごい音を出し大合奏した。そしてどこからの明かりか、杉村邸を明るく照らし、警察が雪崩のように入ってきた。
「お疲れ。」
 そう言って忍が襖を開ける。部屋に電気がつき、忍が二階を見上げた。
 連行されていく五人の男。その中に雅文も居た。殴られるだけ殴られたのか、顔がひどくはれているのに、手錠をかけられている。
「彼は別よ。放して。」
 忍に言われ、手錠がはずされると、雅文は笑いながら忍を見た。
「まったく、おとなしくしていればいいものを。」
「ダイ・ハード見たばかりでな。」
「すごくダサいわ。さて、事件は解決しました。なのかのほうもでしょ?」
「ああ、一応な。」
「どうします、一連の話しを聞きますか?」
 忍の言葉に杉村氏と史孝は同時に頷いた。
「杉村 猛。彼がコンピュータープログラマーだというのは知ってるわね? 彼はとある組織、これはまだ極秘なので伏せておくけれど、そこの会員だったの。まぁ名目は出会い系グループの会員だから、彼に犯罪加担という気はなく会員にさせられていたのよね。少なくても表向きは普通の出会い系グループで、月一回そういう会があるのだから、そう思えなくて当然ね。ただ、そこに居る女の子が曲者。彼らの職業を聞きだし、そのグループに必要な情報を仕入れやすい人間。つまりそういう接点で猛さんは利用された。彼が盗もうとしていたのは政府非公式の資料。それに一度目を通してしまった彼は、すぐに脱会をした。でも、脱会を許すわけなくて、そして猛さんは両親という人質を取られて政府間に侵入。かなりの資料をハッキングしたと思われるわ。そして、そのデータを脱会を条件に手渡そうとしたけれど、結局殺された。というところですね。」
「そのデータは?」
「この家のどこかでしょう。彼らが躍起になっていたのだから。それは明日にでも調べますが、」  忍の目の前になのかがCDケースを差し出した。「ジョン・レノン」のCDケースに目をやる忍。
「しおの。」
「SHIONO?」
 なのかは頷き部屋を出て行く。忍はCDケースを裏返したりして杉村氏たちを見た。
「明日の捜査は簡単に済みそうです。」

 なのかと史孝は緑川が運転する覆面の後部座席に乗り込んでいた。
「鈴川さん、本当にその男と二人きりで?」
 緑川が嫌そうに顔のはれた雅文を見る。忍は小さく笑い、雅文がくわえているタバコを取り上げ吸い込み、煙を吐き出すと、静かに言った。
「うちだって、たまには家庭サービスしなきゃいけないでしょ?」
 忍の言葉に緑川と史孝は絶句して、忍の車に乗り込むしのぶと雅文を見送った。
「あの二人、夫婦なのか?」
 なのかに聞いたが、なのかはすでに寝ていた。緑川と史孝は唖然としたまま「御劔探偵事務所」へと向かった。


「は?」
 雅文がなのかに聞き返す。今日は珍しく呼びもしないのに事務所に下りてきて、しかも普段はしないくせに話しかけてきたなのか。珍しいだけあって、その内容はあまりにもとっぴだった。
「杉村さんちに行きたい?」
 なのかは頷く。
「何で?」
「ラーメン。」
「ポーの店でいいだろ?」
「杉村がいい。」
 雅文は呆れ返ってなのかを見上げる。なのかは頷くだけだった。
「なんだって、あんな辺鄙にまた?」
「杉村がいい。」
 なのかに付き合い、雅文は車を飛ばした。


 猛が示した「しおの」は、猛の母親の名前だった。彼が盗んだ資料は、外部に漏れれば日本はおしまいだろうと思われるものから、個人データまで多種多様だった。
 ただ、データの目次ページの後に、両親に宛てた文がひと文あった。

 -----勉強ができなくても、人に迷惑をかけない人になれ。そう言ってくれた二人に報うよう、僕はこれを残します。哀れで弱すぎる息子を愛してくれたあなたたちに、僕以上の幸せが続きますように。僕は、ずっとそばに居ます。-----

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