4 「過去。現在。未来。」(前編)
この世に、天使が居るならば、
それはお前が大事にしたいと思った、唯一の人のことだよ。
それが証拠に、お前は、その人のためにこれ以上ない努力をしてる。そうだろ?
気づかないものさ。自分じゃぁな。


Synchronize−同時に起こるの意。
 例えば、気になったものを意識すれば、それが今どこで何をしているのかが解る力。例外なく、それが今起こしている行動、言動においてすべて同じ事を体感する。
 例えば、死者との同調。一般に憑依と記されるその行為は、全てシンクロされているだけなのだ。
 そしてこれは、そんな能力を持った少女の物語である。

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4 「過去。現在。未来。」(前編)

 警視庁切手の切れ者と称される鈴川 忍は、目の前に座る部下を見て短くため息をついた。
「それはまた、大変ね。」
 そう言った忍に、部下であり、配属半月になる緑川 達也が腫れた右頬をさすりながら忍を上目遣いに見た。
「ええ、大変ていうもんではありませんよ。」
 そう言ってあとは口の中でもごもごといっていたが、忍には聞こえない。この所内では忍に関してよからぬ、だが、当の忍は気にしていないような噂がある。忍の機嫌をそこねたものは一週間以内に何らかの不幸が襲う。というものだ。
 そして達也もまた二日ほど前、忍とちょっとした口論となり、忍の機嫌を損ねていた。しかしそんな口論は捜査上では良くあることで、忍も結果的には達也の方法も組み入れた捜査を行ったはずだったのだ。
「やっぱり、私を怒らすと、なんかあるのかしらね?」
 といった忍に達也は嫌そうに眉をひそめ、顔を背けた。そのとき、行儀のいい派手な音を出して一人の同僚が入ってきた。
「鈴川さん、例の。」
 大きめな茶色の封筒を忍は受け取り、ちらりと中を確認すると、静かに頷いた。



 有瀬 史孝はあきれ返ったように首を振り、目の前でラーメンをすする「未確認物体」である、七梨 なのかを見ていた。
 時計は先ほど朝の七時を回ったばかりで、その時刻からラーメンをすすっているその姿が、史孝にしてみれば異様なのだ。
 なのかはそんな史孝の視線などもろともせずただ黙々とラーメンをすすっていた。
 この部屋には、彼ら二人のほかに、その家人である御劔 雅文が、自分の机に向かって座り、イヤホンを耳に指して新聞を見ていた。どうせまた、競馬か、競輪の予想屋の放送でも聞いているのだろう。
 史孝は部屋を一巡した。殺風景で冷たく陰湿を受けるその部屋、あるのは応接セットと、雅文の机、そしておもちゃをディスプレイしている本棚だけだ。
 そんな部屋に珍しい客が来たのはなのかがラーメンをすっかり飲み干したときだった。
 達也は何日も帰ってないかのようにくたくたに汚れ、大きく息をついてソファーに座り込んだ。
「フミ、水。」
 雅文の指示で史孝は達也に水を差し出す。
「疲れてますねぇ。」
「あ? ああ。そう、御劔さん、鈴川さん、帰ってます?」
「さぁな。俺自体が家に帰ってないし。」
「……。そうですか。」
「どうした?」
「それが、連絡ないんですよ。」
「潜入捜査か?」
「ええ。とある組織らしいんですがね、毎日決まった時刻、場所から生きている信号、携帯にワン切が入るんですが、この一週間さっぱり。」
「どこに?」
「それが鈴川さんの独自捜査で。」
「……。まぁ大丈夫なんじゃないのかぁ? 男ができたとかさ。」
「あなた、ご主人でしょ?」
「仮面さ。」
 雅文の大笑いに達也は呆れながら、身に重くのしかかる睡魔にまぶたを閉じた。起こそうとする史孝を阻止し、雅文は毛布をかけるように告げた。

 達也が目を覚ましたのは、それから一時間ほどたったころだった。
「寝てましたか。」
「おまえさぁ。もしかすっと、忍が有給で休んでいるが、実際はどこかで見てるんじゃないかって神経質になってないか? その潜入捜査って言うのも、お前を脅すための口実かも知れんぞ。」
 雅文の言葉に否定用語が浮かんだが、すぐに、鈴川 忍ならやりかねない。ような言葉がうかんだ。そしてそのまま帰っていった。その後を追わされるように史孝も返された。まだ昼前だというのにだ。

 雅文は机を前に新聞に目を落としていた。しかし文面はまったく見えていなかった。あの場合、笑って達也を出す以外、達也の負担を軽くする方法はなかった。心配していないはずないのだ。雅文のところにも、忍からの連絡はないのだから。
 雅文はイヤホンを耳につけた。警察無線が耳に虚しげに流れてくる。どれも忍には係わり合いのない殺人や、強盗といった事件だった。


 薄暗いビルの屋上の踊り場で二人の人影が動いている。一人は忍で、黄色いスーツを着て派手めの化粧をしているが、それなりに似合うからその美人さが伺える。もう一人は、女性で、赤い口紅を塗っている以外何もわからなかった。
「逃げましょう。」
「逃げるなら一人でいって。私は立社様を裏切れないわ。」
「でも、現に一人殺されているのよ。」
 彼女は忍に強く首を振った。忍が口を開いたとき、階下のキャバレーの扉が開き、怪しげな恰幅のいい女が顔を出した。
「ちょっと、早く仕事につきなさい。」
「今すぐ。」
 いこうとする彼女の手を忍は最後の望みとして握ったが、彼女はそれを解いて階段を下りた。
「私なら、大丈夫よ。だって、立社様に愛されているから。」
 彼女はそう言って店に消えた。忍はめまいを起こしそうな頭痛に絶え立っているような感じだった。
「もう、遅すぎるの?」
 忍はそう言ってそのビルから逃げることを決めた。


 雅文が寝ようとしたのは、すっかり真夜中の二時だった。枕元では小声で無線が流れ、気の高ぶりで重々しくベットに腰をかけたときだった。階下、つまり探偵事務所のほうでなにやら聞きなれない音がした。
 雅文の居る同階のなのかは寝ているようでいっさいの物音がしない。雅文はそっと階段を下りていく。
 事務所は冷え冷えとしていて、物取りが好んでくるような場所ではない。羽振りがいい事務所ではないのだ。入り口の戸は開いていたが、誰かがどこかに居るような様子は見た目なかった。背後、足元を見れば、入り口そばで忍が倒れていた。
「忍。」
 雅文はあわてて近づき、抱き起こす。電気を付け忘れていることにこのとき気づいたが、つける必要はなかった。忍の体はずぶぬれで、泥まみれで、顔などひどく殴られたあとがある。抱き上げた相手が雅文だとわかるや否や、忍はその胸にしがみついてきた。
「何が、あった?」
「貞節だけは、守っておいたから。」
 そう言って忍は気を失った。雅文は忍をしっかり抱きしめた。


 史孝はいつもどおりの時間、八時半に事務所に着ていた。いつもならばなのかがラーメンを食べ終わっているころで、雅文が机に向かって競馬放送を聞いている時間だが、誰も居なければ、誰かが来た様子もない。ただ、入り口に血と、泥がついていただけだった。
 史孝はすぐ三階に駆け上がり、扉を開ける。目玉焼きのいい匂いがして、雅文が台所で朝食を作っていた。
「よぅ、食べるか?」
「いえ、食べてきましたから。あの、それより、入り口の、」
「あ、あれか?」
「あら、フミ君おはよう。」
 忍の声だ。昨日連絡がないといっていたあのつややかな声がして、とっさに、昨晩雅文と忍の妖艶な行為が頭をちらついて高潮しながら振り返って、一気に覚めた。
「その様子だと、よほど腫れてるのね。」
 という以上の腫れだ。目などほとんど開いてないし、頬などもおたふくにでもなったぐらい腫れている。美人が台無しだ。
「あの、それ……、雅文さんが?」
「まさか、雅文があたしに手を上げられるわけないでしょ。」
 そういいながら座ると、雅文が目の前におかゆを置いた。
「もう少し寝てればいいのに。」
「顔が痛くて寝れないのよ。おはよう、なのか。」
 史孝が振り返るとなのかが起きてきたところだった。と同時に、このビル一階の「ポーの店」の店主がラーメンを運んできた。
 店主が帰ったのと入れ違いに達也が入ってきた。
「鈴川さん!」
 忍の顔を見て絶句する達也に、忍は首をすくめる。
「いったい、何が……。」
「たいしたことないわ。それより、それは?」
 達也の胸に押し込まれた紙。達也は何にも無いようにそれを差し出す。
「昨日殺されたらしい被害者の写真です。吉村 美香、23歳。」
 忍はその写真を見て声に鳴らない悲鳴を上げた。雅文は忍から写真を取り上げると、それを見た。服が裂け、乱暴された上で、高架下でなくなっているものだった。顔などは綺麗で、血の後も少ない。
「彼女と最後に会話をしたのは、私よ。」
「鈴川さん?」
「私が潜入捜査していたところの、【同僚】だった子よ。この子だけでも助けるつもりだった。昨日すぐに逃げ出し、そのまま署に帰ろうとしたところを狙われたのよ。でも、まさか、殺されるなんて。」
 忍の俯いた顔から涙が落ちる。
「何の捜査だ?」
「とある組織の捜査。一応極秘だけども、そこは表向きは集団お見合いをしている会員制のクラブで、月に一度、各種類の人たちとのお見合いをしているのよ。そこで、私と彼女は、「華」と呼ばれる、いわば桜ね。コンパニオンといってもいいわ。会話を盛り上げ、相手の職業、職種を聞き、彼らからその会社、その世界の情報を仕入れる糸口になるの。」
「でも、そんな話しをしますか?」
「だから、体があるんじゃないの。体を使って男を家に呼ぶ。だけどそこは組織が用意した家で、彼女たちの家じゃない。かもとされる男たちは必ずデータなどをパソコンに入れるのよ。女の子の家の、それもあまり稼動効率の良くないノーマルなパソコンに何かが仕組まれているとは思わないでしょ?」
「でも、怪しみませんか?」
「あなたはどう? 会社に帰って資料を作らなきゃというのを、彼女が「一人は寂しいわ。あなたが居てくれると安心して寝れるの。だから、そばに居て、どうせ私が見ても解らないし、あなたが居てくれると安心してすぐ寝ちゃうから。」なぁんて言えば、男なんて弱いものよ。」
 達也も史孝の忍の言葉に反論はできなかった。
「これで殺人事件として捜査か?」
「いいえ、もうとっくにそうよ。ただ、上層部はその組織のことに関してあまり快く思ってないのよ。誰が後ろに居るかわからないけど。でも、上層部の誰かであることは確かでしょ?」
「もしくは政治家。」
「とにかく、これで被害者は二人。いいえ、知っている限りであって、それ以上だと考えていいわ。」
「二人? 吉村美香だけでしょ?」
「杉村 猛もそうよ。」
 全員が半年前に起こった事件を思い返していた。両親を見えない人質にされた青年の、最期のメッセージ。
「忍、今日は綺麗だね。」
 なのかの言葉に全員がなのかを見た。
「その死んだ人の場所に連れて行って。」
「なのか?」
 忍の問いかけに、なのかは写真を見下ろした。
「杉村泣かせた人、嫌い。」
「杉村って、ご夫婦?」
「ラーメンの所為だろう。」
「ああ、おいしかったわけね。」
 忍は小さく笑いながらも、なのかの感情のこもったガラス面ほどに冷たい顔を見つめた。


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